書庫2

□やさしいきすをして。
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それからしばらく、土方と顔を合わせることはあっても喋る機会はなかった。
土方はまるで能面を貼り付けたような顔をして生活している。少し体調が悪いのだということは周囲に言ってあるらしく、心配する近藤を安心させるように僅かに微笑する以外、彼の表情を見ることはなくなった。沖田も流石に今の状態の土方には日課のように仕掛けていた悪戯も止めざるをえず、ふらふらしている土方を心配している。
土方は目に見えて無口になった。
不健康に青ざめた肌は、十代の若々しさはないが、だがそれとは別に艶めいた色を乗せている。何も見なくなった目は黒々としていた。近藤さえいまの状態の土方には手を焼いているらい。土方が近藤をこんなに心配させること自体が異常なのだ。彼はいつも心配ばかりする方だったのだから。

授業中、こっそりと盗み見た教室の中央、後ろから二番目の席。
土方はじっと銀八を見ていた。否、銀八を通り越して黒板を見ているのだ。実際以前ならば目が合った瞬間に怯えを見せていたはずの目は、何も感情を映しておらず、焦点さえおぼろげだった。

彼の成績はそんな状態だというのに上がった。

それまでも真面目な土方の成績は上位だったが、それよりも更に上昇した。高校受験間近だ。この学校はほとんどエスカレーターで高校まで上がるが、それでも喜ばしいことだろう。だがそれに比例するように彼の身体は削れていく。その原因を作った銀八は、何も出来ずやつれて行く土方を見ていることしか出来ないのだ。

今更何を言えば良い―――――

彼は部活動にも熱心に打ち込んでいるらしいですね、と他の教師が言っていたような気がする。鬼気迫るものがありますよ、と確かそう続けられた。それは喜ばしいことではないのではないかとちらり、銀八は思った。
あれから高杉の居る保健室にも、銀八は顔を出していない。
どういう顔をしていいか分からないのは土方に対する時と一緒だったし、第一理科教師がそうそう保健室に行く用事があるとは思えなかった。理科準備室にはクーラーはないが、職員室にはあるのだ。何やかやと話しかけてくる教師たちに返事をしなくてはいけないこと以外、煩わしいものもそうない。

逃げているのだと銀八は知っていた。



+++やさしいきすをして。+++
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