書庫2

□世界のひずむ音
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保健室の扉にかけた手がカタカタと震え、土方はぼんやりと焦点の定まらない目を取っ手に向けた。

白い指先は色が抜けていて血色が悪い。
力が入らないのは昨日あまり寝ていないからだろうか。それからまたしばらくがたがたやっていると、内側からカラリと勢いをつけてベージュの引き戸は横にスライドされた。途端内側から流れ出した消毒薬の匂いと、煙草の残滓を鼻の粘膜が感知する。

ゆっくりと顔を上げると、不機嫌そうな男が立っていた。こんなにも簡単にこのドアは開くものだろうかと、現実から遊離した思考でそんなことを考えた。

顔を出したのは左目に眼帯をつけた、眼光鋭い男だ。若いが妙な迫力があって、顔は水準以上十二分に整っているのに女子生徒も中々近づけないでいる。

保険医の高杉だった。

高杉は高杉で、普通なら俯くか視線をそらすかするというのに自分をぼんやりとした目で見上げてくる男子生徒に驚いたらしい。軽く眉を跳ね上げて、瞬く間に生徒のリストの中から名前を拾い上げる。

「土方…だったな。銀時の所の」
「…あ、はい…」

銀八の本名が出た瞬間、紙のようだった顔色を少年はさらに青くした。
おや、と思いつつ高杉はふらつく肩に手を置く。細い骨格だ。触れられた瞬間びくりと怯えたような反応が返ってきて、ますます違和感が強まった。自分の風貌を恐れているにしたら、少し反応が過剰すぎる。

「どうしたよお前、ずいぶんふらついてんなァ?」
「あ…ちょっ、と気分が、悪くて…」

ゆっくりと俯いていく頤に手をかけると下がりかけた視線は焦点を合わせぬままぼんやりとまた高杉を見上げてくる。
瞳孔の開いた目を覗き込みながら、ちょっとじゃないだろう、と高杉は思った。かきあげた黒い髪、額には冷や汗が浮いている。ひたりとそこに手を当てると冷や汗はかいていても小さな額は熱をはらんで熱かった。
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