書庫2
□水の底
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一気に言い放って再び水中にもぐる。
浮遊感が気持ちいい。途中仰向けになると水面ごしの空が瞬いて見えた。塩素の味が唇にこびりついていく。
冷たい水の底で、見上げる空が好きだ。
とん、とプールの底を蹴って反対側に向かった。
何本も足が伸びている。雨も海もプールも、水は全部好きだ。浮かんでいると酷く安心する。母親の胎内に居たときの記憶なんてものは勿論無いが、きっとこんな風なんだろうなと思う。
ぷかりと息を吐くと気泡が絡まりあいながら空に向かって伸びていった。銀色の泡。軌跡を辿って水面に出る。ふるりと犬のように頭を振ると眼前で笑う気配があった。
「気持ちよさそうだな、トシ」
「近藤さ……先生」
思わずいつものように呼びかけて押しとどめる。
自宅近所に住んでいる近藤とは古いなじみだが、近藤がこの学校に赴任してきてから少しギクシャクしているような気がする。
近藤は全く変わらない。
土方が戸惑っているだけなのだ。
人の善い兄貴分が急に自分の教師になってしまった。本質は同じだというのに、付けられた肩書きに未だ土方は慣れることができない。
学校で見る顔も兄代わりとして見る顔も同じだ。
けれど、学校の近藤は近藤ではないような気がする。微妙な違和感にいつも戸惑って上手くしゃべれないで居る。上に超が付くほどお人よしで鈍い近藤が今のところ聞いてくる気配が無いのが、唯一の救いだ。
よしんば問い詰められたとしても自分でも説明ができないのだから仕方が無い。