書庫2
□侵入者
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シュ、とライターが火を吹く音がひどく鈍いように思った。
湿った空気は鈍い炎に焼かれ、指の間に挟まった白い棒の先端から煙が噴出す。
口元にいつものようにやっていこうとして、指先がためらった。
灰色にくすんだ部屋の中に鈍い灰色の煙が広がっている。保護色のようだと思った。
数十分前に触れられた唇はあのあと念入りに拭っておいたから、何も残っていないはずだ。それでもまだ気にしているうちに、煙草はぶすぶす小さな音を立てて短くなってしまった。舌打ちして灰皿に押し付ける。ふわりと舞い上がった煙はくすんだ部屋に溶けて、跡にも残らなかった。
夕刻から降り出した雨は軽い音を立てて、窓ガラスに細かなラインを描いている。
―――――とらえどころの無い男だと思った。
教師だという認識は、土方には初めから無い。干渉されないのならそれでいいと思っていた。
決して年配でもない。年齢はむしろ若い方だ。初々しいような年でもなかったが。だというのに、あの男の態度ときたら極めていい加減だ。中だるみした中間管理職でもああいうのはなかなか居ないのではないだろうか。
初めて教壇に立った坂田のヨレた白衣を見て、
『気に入らない』
それだけを、思った。