書庫1

□おにーさんと拉致デート編
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初恋の想い出は甘酸っぱい。
そのくせ美しいそれは、時を経るごとに次第に切なさにくるみこまれ結晶に成り、過去のものとして心をもう浸しはしないけれど、ひとをどこか、しおれるように陶酔させる。

伊庭の初恋は、彼が十になったかならぬかの内に芽吹いて、そして枯れた。
江戸から少し離れた農村の橋の上で出会った少女が、その相手だった。
それから幾度も恋を経た伊庭ではあったが、やはりあの時の少女のことだけは特別であり続けている。

何年も経ってそれから初めて土方に出会ったとき、初恋の結晶がほころぶように溶け出しては、自分の胸をひたりひたりと浸しだすのを伊庭は感じた。
伊庭にとって土方は特別な人間であった。
生き方、性別、何もかもがあの時ふうわりとどこか果敢無げに微笑んだ少女とは違うけれど。

だから伊庭は、どうやら土方が精神的にどこかが破綻していることを知っても、そして誰とは分からぬが付き合っているらしい人間が居ることを知っても、土方を諦められないでいるのであった。
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