書庫2

□怠惰な午後
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「家で吸ってんでしょ?」

再び伸ばされる手に反応が遅れる。少し力を入れられたたけで足下のバランスがくずれた。

軽い衝撃があって、目の前に皺のついた白衣があった。
見上げると少し面白そうな顔でこちらを見ている目と出会う。カ、と顔に朱が上った。

「どうして…」

からからに渇いた喉でやっと搾り出すと、坂田は吸っていた煙草を傍らの空き缶に放り込んで口の端だけ吊り上げて笑った。

「ニオイ」

そのまま肩口に顔を埋めて来る。匂いをかいでいるらしい。
衣替えを済ませたばかりの季節。
じっとりと汗を吸った生地でそれでもうすらと染み付いた苦い香りには覚えがあった。
既に習慣となっている嗜好品は後五年しないと許可されない。かちこちに緊張した体がようやく密着した坂田の胸を押し返すと、ちらりと教師は視線を寄越して猫のように喉を鳴らした。

「体に悪いだけだよ、こんなの」
「…説得力がありません」
「そりゃあそうだ」

突っ張った手をとられて再び抱き込まれる。
自分はどういう顔をしているのだろう。完全に相手のペースに巻き込まれ、精一杯睨みつけてやったけれど小さく笑ってかわされる。

気が付かれる想像なら何度もした。ただ、この男に気がつかれるとだけは思っていなかった。
変なところで聡い男だということは知っていたけれど。
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