他BL

□蹴り落とした背中
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「いい加減にせよ、長曾我部」

ただそんな事は今のこの状況とはなんら関わりの無い事である。
我の沸点が限界値を超える前に、無防備な背中に怒りと呆れを足でぶつける。
すると思いのほか気を抜いていた男は、至極あっさりと海の中へ落ちて行った。
派手な水飛沫と共に。

「てめっ、何しやがる! って毛利!?」
「やはり我を認識せずに返答をしていたのか」

濡れて重力に伴って落ちて来た髪を掻き上げながら、長曾我部はバツが悪そうに視線を泳がせた。
その行動には動揺が透けて見える。

「問いただしたい事は山ほどあるが、とりあえず貴様に猶予をやろう。 何か申す事はあるか?」
「…………悪い、あんたとの約束の時間までには戻るつもりだった」
「結局は『つもり』に終わった訳だが」
「本当に悪かった! 許してくれこの通りだ!」

頭を下げ、両の手をその前で合わせてみせる。
国の命運を左右するような事柄に対する謝罪としては軽い物だが、もはやわざわざ怒りを覚える事すら煩わしい。
それほどに、くだらない。

「……同盟の盟約に『毛利への重騎提供』を加えておけ」
「そんなんで許してくれんのか?」

朝飯前だぜ、と奴は笑った。
同盟国主とはいえ、元は瀬戸内の覇権を争い合う者に向ける表情とはとても思えない。
無防備なまでに油断した笑顔。

「……我に足りぬ物が『情』だというのならば、貴様に足りぬ物は『危機感』であろうな。 もし背後に忍び寄ったのが我でなければ今頃海面に首が浮かんでおるだろうな」
「でもあんたは俺の首を取らなかっただろ?」

今度はそう言って、我の方へ手を伸ばす。
その手が持つ意味を分からぬ程愚かでは無いが、それを我に向ける意味は理解出来ぬ。
我は奴の敵で、奴は我の敵で、今は単に協力関係を結んでいるにすぎぬというのに、何故こうも容易く手を伸ばせるのか。
甘い鬼、だがしかし。

「腑抜けた鬼の首など、討ち取る価値もないわ」

その手をとってしまう我も、この鬼の甘さに染められてしまっているのか。
握ったその手は濡れていながらも暖かさを保っていた。



=了=

→後書


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