他校

□世界が傾いていく放課後
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「あー……しかしよう寝たわ」
「でしょうね。頬に文字写る位の時間爆睡してはったみたいやし」
「マジか」

目を見開く謙也の頬には、煤のような物が文字の羅列を作っていた。
解答を書き込んだプリントも擦ったように黒くなっている。
謙也が自分の頬を擦ろうと腕を曲げるが、財前はそれを遮った。

「手で擦ったら100%悪化しますよ。ンな事も分からんのですか」

悪態を吐きながらもテニスバッグからタオルを取り出し、煤けたような頬を拭う。
どうせ洗う予定の物だ。汚れても支障は無い。

「ん、スマンなぁ」
「別に」

それでも少しだけ気分が滅入る。
夏前までなら謙也とここでこんな事などしているハズが無い。
一緒にあのコートに居た過去と、テニスバッグすら持っていない目の前の先輩の現実が、無性に財前を不機嫌にさせた。

「……財前?」

急に黙りこくってしまった後輩を謙也は見上げる。
僅かな変化を湛えて此方を見やるその瞳に、珍しく子供っぽさを垣間見た気がした。
そんな財前の姿に苦笑を漏らしながら謙也は立ち上がる。
そして。

「今度の日曜空いとるか?」
「はい」
「なら一緒にテニスしようや」

突然の提案に、流石の財前も驚きを隠さなかった。
本当にこの人は凄い、と改めて思う。
人の心の内を読み、的確な行動をする、天性の世話やき。(たまに空回るがそれも愛嬌、のハズ)
そう言う所に惹かれたのだけど。

「……なら善哉も付けて欲しいんッスけど。もちろん謙也さんの奢りで」

えー、と不満げな感嘆詞が謙也の口から零れた。
しかしそれは本心からではない。
これは天の邪鬼な財前なりの承諾の返事だと分かって居るからだ。
そんな所に惹かれた自分がここに居る。

「まっ、しゃーないか」
「そういう話ッスね」

互いの口調を真似しながら笑い合う。
ゆっくりと橙色が傾いて、濃い藍色が空を染めはじめていた。



=END=


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