他校

□物語じゃない恋語
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「こんな所で何やってんだ、てめぇ」

主人公が幼馴染に告白されるシーンを読み進めていた所で、つい数時間前に聞いた声が聞こえた。
物理的にならともかく、精神的にも上からな言葉を投げかける人物を、忍足は一人しか知らない。
眼鏡を押し上げながら顔をあげれば、予想通りの顔がそこにあった。

「見て分からん?読書や」
「ンな事聞いたんじゃねーよ」
「跡部こそ何しとるん?」
「あぁ?見てわかんねーのかよ。あーん?」

まぁ見て分からなくは無い。
赤というよりは緋色に近いパーカーを身に纏い、息は少し上がっており髪も少し濡れている。
どこからどう見ても自主トレの最中にしか見えなかった。

「真面目な奴やなぁ……」
「こんくらい普通だろ」

そう言いながら、被っているフードも取らずにドカリと忍足の隣へ腰掛けてきた。
はぁ、と一息ついたかと思えば、少しずつ呼吸を整えていく。
自分が他人の書いた恋愛に浸っている間、彼は走り続けていたのだと悟る。
決して不真面目な訳では無いが、彼の貪欲なまでの強さへの渇望を目の当たりにすると、自分はまだ甘いのだと思い知らされる。
ただの天才も努力家の天才には敵わない。

「なんか飲み物でも買うてこようか?」

読み途中のページに栞を挟み、息を整えている跡部に問いかけた。
「頼む」と短い返事。
無言で席を立ち、自販機を探す。
お金は自分持ちだ。あの跡部が小銭を持っているとは思えない。
もしかしたら『小銭』という単語すら知らないかもしれない。
自分の中で否定が出来なかったので、今度尋ねてみようかと思った。

「無難にスポーツドリンクでええか」

2分くらいで見つかった自販機に150円を投入し、ペットボトルのスポーツドリンクのボタンを押す。
これなら文句を言われる事も無いだろう。
褒められる事も無いのだろうが。
丁度良い冷たさのそれを手にし、また2分かけて跡部の元へ戻った。


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