他BL

□虚言で塗り固めた防御壁
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「あんたなんか嫌いだ」

そう言い続けてどれくらいの月日が経っただろう。
言い始めた当初はそりゃあもう本気で、心の底からそう思ってた。
むしろ『嫌い』なんて単語に収まらない程の醜い感情が渦巻いていた。
でも、今は違う。
もう過去の旧怨は割り切ったし、あの頃生まれた憎悪は水に流した。
なのに、口から出るのはそんな言葉ばかりで。

「……またかよ」

それは恋仲になって、口付けを交わした後だって例外じゃなかった。

「凌統、お前空気読むって言葉知ってっか?」
「あんたにだけは言われたくない、って理解出来る位には」

俺の体を組み敷く甘寧を見上げながら、いつもの軽口で返す。
昼間と違い重力に伴って下りた髪をガシガシと掻きながら、奴はとりあえず体を離した。
しかし、甘寧が俺の上に乗っている状況は依然変わりない。

「どけっつの」
「お前よぉ……いい加減そういうの止めろよな」

俺の意見に耳を貸す事も無く、甘寧はそう呟いた。
いつもと違う真面目な表情に、不覚にも鼓動が高鳴るのが分かった。
本当に不覚以外の何物でも無い。

「……何がだよ」
「嫌い嫌いって、変な意地張り続けるのはもう止めろよ」
「はぁ?」

間抜けな声が、俺の口から漏れた。
何をバカげた事を。
勝手に人の気持ちを決め付けてんじゃねーっの。

「なんで意地って判断するかねぇ。俺は初対面の時からあんたの事を嫌いだって言ってただろ?」
「今は状況が違ぇだろ」
「変わらないさ。あんたは一生俺の親の仇なんだ」

そう言った時、ズキリと体の中心に痛みが走った。
ジワジワと体内に広がって行くような鈍い痛み。
それは苦痛と言うよりは、悲しみに近い痛みだった。
悲しい?誰が?どうして?
その答えを俺は知っているハズなのに。

「……そんな事は分かってんだよ」

甘寧が、また小さく呟いた。

「俺はお前が好きだ。でもお前にも全く同じ感情を抱いて欲しいとは思ってねぇよ」

先程感じた痛みが、甘寧の視線から伝わる。
と同時に、早鐘の様に脈打つ鼓動が耳障りだと思った。
異なる二つの感情に脳が痺れていく。

「たった僅かな好意がお前に有れば、それで満足だからな」
「何度も言ってんだろ。俺は、あんたが」
「お前気づいてんのか?」

トン、と甘寧の無骨な指が俺の眉間に置かれた。
寄せられていた皺を優しくなぞる。
この優しい手が父上を殺めたのか、とは思わなかった。

「『嫌い』って言う時のお前、すげー無理してる」

自分の中の壁が壊れた気がした。
本当はそんな壁無かったのかもしれなかったが。

「大体よぉ……嫌いだったら何で今俺と一緒に居るんだよ。おかしいだろ」

そんな事、自分でも気がついていた。
口では嫌いと吐き捨てるのに、自然と奴を求めてその思いを受け入れてる矛盾。
分かっているのに。分かっていたのに。

「自分を苦しめてまで張る意地だったら、さっさと捨てちまえよ」

フッ、と男らしく笑ってみせる甘寧。
やっぱり素直に高鳴る鼓動。
あぁ、俺は認めたく無かったんだ。
自分とは正反対のこの男に魅了されてる事実を。
すなわち、甘寧を好きだという現実を。
だって、きっと溺れてしまうから。
大事だと、亡くしたくないと、思ってしまうから。

「まぁ、嫌いなら嫌いで構わねぇけどよ。お前が苦しそうなのは勘弁だからな」
「……甘寧」

俺はようやく意地を捨てた。
辛いのも苦しいのも好きじゃないし。
でも、奴の言うとおりに従うのは癪だった。

「俺、あんたの事……嫌いじゃないかもな」

辛くも苦しくもない、悪戯心に近い意地。
ニヤリと笑いながら言えば、奴はヘラリと笑って返した。

「俺も同じだ」

そんな戯言を紡ぎつつ、また口付けをかわした。


=了=


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