立海
□グットナイトラック
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「ありがとうございましたー」
結局、終始接客用あいさつの語尾を伸ばしたままだった仁王くんの声を背中越しに聞きながら、私はコンビニエンスストアを後にしました。
夜風がビニール袋と雑誌を揺らし、ガサガサと小さな音が生まれました。
腕時計を見ると9時15分。
遅くとも9時半までには帰れるだろうと判断し、帰路につきました。
いや、つこうとしました。
「やーぎゅ」
再び背後から仁王くんの声。
振り向くと、やはり先程までレジカウンターを挟んで向き合っていたはずの仁王くんがいました。
「どうしました?」
「忘れもん」
その言葉に、私は首を傾げました。
購入した雑誌は私の手にありますし、ちょうどの金額を渡したのでお釣りも必要ありません。
私には忘れる物が無いのです。
「おかしいですね。私は何も忘れてなど……」
「いーや忘れちょる。とっても大事なもんを」
「ですから、私はーー」
続きの言葉は、急に触れてきた仁王くんの唇によって遮られました。
ほんの一瞬。
掠めるだけの、キスと呼べるかも曖昧なキスでした。
「……これが忘れ物ですか」
「大事じゃろ?」
「確かにアナタ程大事な物はありませんね」
してやったり、と言いたげな表情の仁王くん。
そんな表情も好きではありますが、私はその表情を塗り替えて差し上げる事にしました。