一周年企画(ブック)

□初夏恋恋
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 にゃあにゃあにゃあにゃあ恋をする。
 この心もからだも恋のためにあったのだと信じて。
 まるであの青い空も道の砂も働く蟻さえも、この恋の一部なのだとでも言うみたいな傲慢さで。





 玄関の引き戸が軽快に引かれる音と、おはようございまーすという少年の声で、銀時は目を覚ます。

 ――ああ、今日もまたアレが始まるのか。
 まだ寝ぼけた頭でいの一番に考えたのは、そんなことだった。おっさん臭く口の中で唸って伸びをすると、盛大なため息を吐きつつ布団を頭までかぶって寝なおそうとした。

 息苦しいのにわざわざ布団の中に頭を仕舞い込むのは、これから始まる会話を聞きたくないからだ。
 けれども神経は、しっかりと少年もとい新八の気配に向けられていて、むしろ銀時は聞き耳を立てている状態だ。聞きたくないけれど、聞かずにはいられない。人情の機微というものである。

 新八は真っ直ぐに、万事屋の紅一点を自称するわんぱく娘のもとへと向かった。
 押入れの襖を引きながら、彼が言うことには。

「おはよう、宇宙でいちばん可愛い僕のお嬢さん。太陽が君の笑顔を見たがってるから早く起きておいで」

 うわぁぁぁ……と銀時は布団の中で力なく呟いた。鳥肌を立てればいいのか、爆笑すればいいのか分からない。
 恐ろしいことに、こんな気持ちを銀時は、二週間前から毎日、欠かすことなく味わっている。

 恋は人を狂わせるという箴言の通りに、完璧に恋にと言おうか、神楽にと言おうか、とにかくトチ狂いまくっている新八は、付き合い出したその日からずっとこの調子なのだ。
 そしてそんな新八に愛想をつかすどころか、ますます惚れ込んでしまっている神楽も盲目としか言いようがない。

 しかし今日は、いつもと少し雰囲気が違うようだった。常ならば、直ぐに聞こえてくる筈の、神楽のくすくす笑いがない。
 かと思えば、むっとした声がする。

「違うアル。今日は『おはようございます、可憐で気高い我がお姫さま』の日ヨ!」
「アレェ、それ木曜日じゃなかったっけ?」
「木曜日は『美しく生産力あふれる僕らの工場長』アル。ちゃんと覚えてヨ、それでも私の王子さまアルか!」
「そっか、ごめんごめん」

 ええええええ、曜日によってバリエーションあったのソレェェェェ、しかもお前が言わせてたんだ、そうだったんだ?! イヤつーか新八も当たり前のように謝ってんじゃねーよ! おかしいだろ! 気づけよ!

 心の中でシャウトする銀時のことなどそっちのけで、二人の会話は続く。

「何アルかその誠意のない謝り方。ゴメンは一回でしょうが! 今日はもう朝のほっぺチューは無しアル」
「本当にごめんって。機嫌なおして。こっち向いて?」
「……」
「ほらっ」

 とたん、きゃっきゃと神楽の嬉しそうな悲鳴が上がる。恐らく、新八が神楽を押入れから引っ張り出して抱き上げたのだろう。

「……顔洗ってこよ」

 馬鹿らしくなった銀時が布団を跳ね除け、首の骨をばきばき鳴らしながら和室を出てくると、ちょうど神楽をお姫様抱っこした新八が居間に歩いてくるのに出くわした。

 おはようございます銀さん。おはよう銀ちゃん。新八は神楽を抱えたまま、恥ずかしげもなく笑顔で、神楽は新八の首に両手を絡めたまま、顔だけ振り向いて、ユニゾンでのたまいやがる。

 銀時は二人がそのまま洗面所に行くのを見て、先に顔を洗うのを諦めた。

 アレには近寄りたくない。


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