●NOVEL●
□童聞文
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ここは、北の大地の片田舎。
春と言ってもまだ風は冷たく、山の頂には雪が残る。
人口300人にも満たない
、山と川しか無いこの村。
そんな村の畦道を少年が一人、とぼとぼとイジケた顔して歩いている。
「痛ッ。」
ランドセルに背負われた…と言った方が似合ってしまう小さな少年が、小さく呻いた。腫れた頬を押さえながら。
向かう先は家のある山の麓とは逆の、大きな川の在る方角。
村の住人も誰も通らないであろう獣道を、慣れた足取りで進んで行く。
少し進むと突然開けた川べりに出る。
川沿いを上流に向かって更に進む。水流はどんどん激しくなる。一歩間違えば川に落ちてしまいそうな細い足場をスイスイ進んで行く。
子供の足でどの位歩いたのか、背丈より高く茂った草むらが行く手を遮った。
誰が見ても行き止まりかと思われる草むらを、少年は掻き分けて進む。
一体、何処へ向かっているのか。
突然目の前が開け、木漏れ日に照らされ時間が止まったような美しい川辺と、波立つ事もなく穏やかに風に揺れる水面が少年を待っていた。
その美しい川辺は、小さな少年に似合う。川辺にとって、少年の存在は必然なのか。または、彼の為に用意された別世界なのか。
お互いが同じパズルのピースであるかの様に何の違和感も無く、その時を止めた美しい世界に、少年が居る。
水辺の一番大きな石に座り込み、ランドセルを乱暴に置き、叩きつける様に言った。
「チビだからって、馬鹿にしやがって。野球じゃ俺に勝てない癖に!!」
一頻り叫んだ後、ぼんやりと水面を見つめる。
どうやら、学校で喧嘩でもした様。頬や手足に出来ている真新しい傷は、それが原因らしい。
さては、優しい水面に甘えに来たのか。
突然、目の焦点が合い奇妙な光が灯る。
「何だ……あれ。」
水面を見つめていた少年の目の前を、薄灰色の人の様な何かが、すぃーっと泳いでいる。
少年がじっと見つめて居ると、此方の気配に気付いたのか、その何かは反対側の岸へ泳いで行ってしまった。
やがて反対側の森の茂る遠い岸へ上がったその何かも、じっと此方を見つめて居る。
西陽に照らされたその体は人と変わりは無く見えて、しかし不自然にヌラヌラと光って見えた。
少年とその何かは、しばし視線が合ったままで居たが、ひとつの水音の後で少年は一人になった。
それからどの位時間が経ったのだろう。
「……帰ろう。」
森の茂る遠い岸を見つめたまま、いつの間にか呟いた。気が付いてはいないけれど、少し力強く。
落ちかけた夕陽が彩ったオレンジ色の畦道を、少年は家路を辿る。
来た道を戻る表情は、好奇心に満ちて明るかった。