オマケ的な何か
□「ai」
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―――――なあ、24日何してる?
「日直だ」
―――――じゃあ、迎えに行くから。
夜、飯喰おうぜ
「…普段と変わらぬ」
――――な、約束だぜ
ポインセチアの鉢植えを、棚に飾った。背丈の半分しかないツリーにも、電飾を飾りつけ、真っ昼間なのに点灯もさせてみた。
てっぺんの星はまだ飾らない。これはアイツに付けてもらおう。
部屋の準備は整った。
俺は一張羅のスーツに、光沢のある紫色のネクタイを締め、ダッフルコートを羽織ると部屋を出た。
時計は17:00。
車に乗り込むと、エンジンをかけ、暖まる前に彼にメールを送る。
『終わるならオードブルとワイン、一緒に選ぼう』
『まだだ。先に選べ。メインは買うな』
チーズ、生ハム、カポナータ、サラダ、マリネ、エスカベッシュ。
喰い専門なので、酒の銘柄には弱いから…一緒に選びたかったのだけど、一目惚れで買ったのは、ヴーヴ
クリコのロゼ。
ピンク色のシャンパンは、彼にとても似合うと思ったからだ。
手提げ袋から飛び出す、ガーリックフランスを気にしながら、ケーキを選んだ。一人でケーキを1ホール買ったことなんてない。恥ずかしくて、何を選んだのかあまり覚えていない。
ただ、覚えていたのは彼の嫌いなバタークリームを避けたことだけ。
両手にたくさんのごちそうを抱えて、車に戻った時、すでに時計は18:30。さすがに怒っているかとメールを見ても、履歴はない。
俺は、そのまま学校に迎えに行くことにした。
学校の駐車場は、閑散としている。荷物を抱えて玄関へ向かうと、どんより低い冬の雲から、白いものがひとつ落ちてきた…と思う間もなく、ふたつ、みっつ、数えきれない頃には、深緑色のダッフルが白くなっていた。
「さみぃなぁ! コレ、冷蔵庫に入れさせて」
家庭科実習室の机の上には、書類が散乱している。彼らしくないが、その滅多にかけない縁なし眼鏡から、仕事の複雑さが伺えたので、何も言わなかった。
眼鏡を少しずらして、こちらを一見すると、また、書類に忙しく目を落とす。
「…すまぬ。
先に帰っていてもよい」
「いや、待ってるから気にすんじゃねぇって」
一張羅のスーツ、ピンク色のシャンパン、ガーリックの香りに、コートについた雪。話したいことはたくさんあったが、今は、もう少し静かに見つめていることにしよう…
……
……
――――クションッ
小さなくしゃみの声で目を覚ました。どうやら俺は机に突っ伏して眠ってしまったようだった。
肩に羽織っていただけのコートは、ストーブの横に移動しており、その代わりにダウンジャケットが背中に掛けられていた。
――――クシャンッ
「待たせたな」
くしゃみの主は、セーター一枚の元就だった。
「さあ、はやく返せ」
元就が手を差し出すので、急いで肩のダウンを返した。
片手でそれを奪い取ると、目も合わせず向こうを向いてしまう。
「夜が更けるにつれ、雪が強くなる。早く支度せよ」
「ありがとうよ、ナリ」
ストーブの熱で暖まったコートは、雪を溶かし、すっかり乾いていた。
時刻はすでに22:00。
俺の車はもう、ほとんど隠れて見えない。
車を出すのを諦め、掃除用具入れから、2対のゴム長靴を拝借して、二人で履いた。
「大通りに出れば、除雪車が走っていて、タクシーが拾える」
二人はコートのフードを被り、大量の買い物袋を提げ、雪を踏みしめ歩きはじめた。
「……なしだな」
彼が少し笑う。
その珍しいひとことを聞き逃した自分を呪う。
「あ? 何て?」
雪が音を吸い込むせいか、静かなのに聞き取りづらい。
「男前が台無しだな」
彼は、また少し笑って、一張羅とコーディネートされたゴム長靴を指差した。
(男前…)
俺は、ゴム長靴よりその言葉に笑った。
何も見ていないようで、全てを見ている。
何も感じていないようで、感じすぎている。
それが彼だった。
俺は大笑いした。
「こやつ、気でも狂ったか?」
不思議そうな彼の腕を取った。
「離せ」
本当に嫌そうに、腕を振りほどく。
「嫌だ」
俺は引かない。
諦めたように、首を横に振って、ため息を吐く彼。
「なあ、何でメインいらねぇの?」
「酒はあるか?」
「返事になってねぇよ」
「貴様もだ。酒はあるか?」
「あるぜ。シャンパンだ」
「また高尚なものを…」
「気に入らねぇか?」
「…飲んだら教えてやろう。
なぜメインがいらぬか」
帰ったら部屋を暗くして、電飾を付けよう。オードブルを床に並べて、シャンパンで乾杯しよう。きっと、彼の膚はロゼのようにすぐ染まるだろう。そうすると、もう俺はたぶん我慢できない…。
「あ」
メインは。
「わかったなら貴様が言えばいい」
吹雪の中からでも、わかる彼の挑発的な顔。
あんたって人は、どうしてそんな顔ができるんだ?
いつだって俺は元就の手のひらで転がされて…
いるだけだと思ったら大間違いだ!
俺は組んでいた腕を引き寄せ、その挑発的な唇を塞いだ。
こんな大雪の中、歩く酔狂なやつはいない。
俺と彼の被っていたフードは取れ、頭にみるみる雪が積もっていく。
―――――ボコっ
「グッ…ゲホッ…」
思い切り腹にパンチを入れられ、温かかった唇に雪が触れ、また冷たくなってゆく。
「ゲホッ…
め、めりーくりすます」
俺はふらつきながら、何とか彼の手をとったが、思い切り振り払われた。
「で、貴様の答えは何だ?」
雪の中、恋人が跪いて苦しんでいるのに、目の前の彼は無表情に仁王立ちしている。
「ゲッ…ゴフッ…
メインはあんた…だ」
元就は、少し口端を歪める(俺には嬉しそうに見えた!)と、そっと恋人に手を差し出した。
「Merry Xmas!」
俺は伸ばされた手を掴もうとした。
もちろん、手はあらかじめ決まっていたかのように引かれ、
無様な自分は前傾姿勢で、勢いよく正面から雪の中へダイヴした。
(終わり)