おはなし

□ココアと雪うさぎ
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「ただいま」と家に入り込んだあとぱんぱんと外套についた白い粒を落とす。手袋もとうに意味をなくしていた。ぐっしゃりと水気を帯びた靴を脱ぎ捨て、ふと、しゃがんでそれを揃える。面倒くさいがこうしないと名無しさんがうるさいのだから仕方がない。お前は変なところで礼儀正しいなと市川のじじいに言われたことがあって、それを聞いた名無しさんはにこにこしていた。
そんなことを思い出しながら居間へ進む。


「しげるくんおかえりー」


いつもと変わらぬ口調で、勝手にいた名無しさんがひょっこりと顔を出す。居間はストーブですっかり暖まっていた。冷たくなった体に外側からじんわり染み入る。


「寒い」
「雪降ってるもんねえ」


菜箸を片手に名無しさんは苦笑いする。

そのままこたつに潜りこもうとすれば引き止められて、「まずは着替えてからね」と言われた。なるほど振り返ってみると廊下に足跡ができていた。

手を洗い詰襟から適当な服に変えてから戻り、いよいよとこたつに足を突っ込む。寝転んで肩まで覆おうとするとまたしても名無しさんから静止の声がかれる。しぶしぶ上体を持ち上げると、なにか甘いにおいが鼻腔をくすぐった。出所を探ると机の上に置かれたカップからだった。


「なに……?」
「ココア。牛乳で溶いたから安心して」


何を安心するか分からないが、まずくはないということだろうか。エラいひとに貰ったの、と名無しさんが正面に座る。そして自分の前に置かれたものと同じカップをすすると、ほ、と息をついた。

唇がすこし茶色に染まる。

揺れる液体を見つめていたが、それと同じくように口を付ける。においを通りの味がじわりと広がった。久しく食べていないチョコレートに似ている。


「……甘い」
「砂糖入れすぎたかな……」
「いや、平気」


おいしい、と呟くと安心したように名無しさんが微笑む。

「名無しさんさん、また作ってよ」
「いいよー」

口角がぐっと上がった。
今噛み付いたらきっともっと甘いんだろう、などと考えていたら「なくならないうちに宿題すませたら、」と言われた。
まったく名無しさんは空気が読めない。苦笑いと同時に、隅に放られた鞄を取りに行く羽目になった。

――バレンタインが定着するおよそ15年前の2月14日のできごと。














●おわり●
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しげるくんにココア作りたい+ココアはホットチョコレートとも言われている+バレンタインが近い=バレンタインネタにしよう→大遅刻

しげるくんは雪うさぎつくるよ!
雪が降れば狐にもなるよ!


羽住キオ

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