おはなし
□ストラップ!
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「うおあ」
きったねえ、と出かかった言葉をすんでのところで飲み込む。
ここのところの和也は執筆活動に勤しみたい、とのことで、最低限の使用人の出入りのみを許可していた(わたしも例外でなく暇をもらっていた)。そして普段部屋の清掃を行う彼らが排除された結果、生まれたのがこの惨状だった。
いつもは毎日メイドさんたちが綺麗にしていてくれるから綺麗であって、これが本来の和也の部屋かと思う。
絨毯に吸収されたどこからかやってくる埃はともあれ、床には赤入れされてから丸められた原稿用紙、ごちゃごちゃと書きこまれたメモ帳や資料に使ったのであろう分厚い書物散財していた。付箋が幾重も重なっているから、しっかり読んでもいるんだろう。はたまた寝室を覗いてみれば、メイキングのされていないベッドには着替えが投げ出されていた。なお机には使ったままのコーヒーカップや小皿などが放置されている。大事な趣味道具であるはずの欠損ルーレットも放られていて、いかに本気で執筆していたかが伺えた。執筆以外は何もしてない、とも。
そしてこれから先和也が言うことを予感してこめかみを押さえる。
「名無しさんにはさー、ここ掃除してもらおうと思って」
ほれきた。
わたしも自室は散らかしがちであるが、部屋がさほど広くないし、ちょこちょこと定期的に片付けは行なっているので掃除に時間はかからない。大した労力もいらない。ここは別だ。
「広すぎ」
「まあまあまあ。この一画しか使ってないからさ。安心しろって‥‥! で、見ればわかると思うんだけど、本はあそこの棚、食器はむこう、使用人のほうに持ってって、ここらへんに落ちてるのは捨ててもらって構わない‥‥読むなよ、それは不完全だからっ‥!」
読むなら清書をなっ‥!と愉快そうに笑うが何がおかしいのかちっともわからない。
コンコン、と部屋がノックされたかと思うと使用人がひとり、「これを」とゴミ袋や掃除機といった一式を置いて去っていった。
あなたまでやれと。まじか。
だれしもが、相手が兵藤和也である以上従わざるをえないのだ。
はあと大仰にため息をつく。とりあえず大部分を占める床を終えたら、すこしは綺麗になったように見えるだろうか。
原稿用紙をぎゅうぎゅうに固くしてから和也に投げつけた。倍の速さで投げ返された。拾いに戻る手間が省けた。痛い。
スーツの上着を適当にほうり投げ、シャツの腕を捲った。