おはなし

□唇から花束
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(ゲロのはなし)







朝焼けが目に染みる。

この光景を清々しいと評すか、忌々しいと評すかでその人が今まで何をしていたのか表せると思う。明るくなるまで飲み会に参加していたわたしは言わずもがな後者あって、俯きながらアパートの階段を登っていた。

気分はなかなかグロッキーだ。頭はぐらぐらするし、腹は酒から揚げ物、シメのスイーツまで、いろいろなものが入り混じっていてぐねぐねする。後悔先に立たずとはこのことだろうか。早く部屋で楽な姿勢になりたいと願いつつ、最後の一段を登り切る。


「、今帰りなの」
聞きなれた声が耳に入り顔を上げると、アカギとばったり鉢合わせていた。鍵を回し、今まさにわたしんちに入ろうとしているところ。


「フフ、酷い顔」
「うるさいな…さっさと開けて……」


アカギの徹麻明けの朝帰りはよくあることだったし、わたしはヘヴィな顔をしてるしで、お互い変な考えは生まれようがなかった。

がちゃりとドアが開かれ、壁に体重をかけるようにして入る。そのまま背をもたれかけしゃがみ込む。

「ちょっと…」と声を上げるアカギも眼中に無い。膝に額を付けてしまって、かろうじてろくでもない聴力だけが生きる。


「あんた、いい加減学習したら」
「うん」
「そんなとこじゃ寒いだろう」
「うん」
「水いる」
「うん」
「横になる」
「うん」


散々体調を悪くして帰ってくることはあったが、今日ほどひどいときはないと感じていた。さっきからアカギの問いに対する答えを考えるのも鬱陶しい。腹から、胸から、嫌なものが攻めあぐねている。いつもならばったり寝てしまい、朝にはけろっとしているのに、今回は起きても長引きそうな嫌な予感さえする。そういえば、あんまりに苦しかったらいっそ吐いちゃったほうが楽だよ、と以前友人が言っていた。今では一番上手く吐けると豪語している。でもまだ吐けそうなほどじゃない、ような。


「吐くか」
「うん」


もう一度言うけど、問いに対する答えを考えるのも鬱陶しかったのだ。「いやそれほどじゃない」と弁解する時間も与えられず、無理やり立ち上がらされトイレまで連れて行かれる。

「あ、かぎっ……」
問答無用で便座に手をつかされるまで前のめりにされる。洋式でよかったとか綺麗にしといてよかったなどこんなときに思いたくない。

しかしどれだけアカギが吐かせようと思っても、わたしはまだ嘔吐のイロハも知らないし(知りたくもない)、自然に出るほどってわけでもない。結果、そのままの姿勢で停滞していた。


「クク……さすがに独りじゃ無理か」


何か見越したようにアカギが呟く。その表情は伺えないが声色は跳ねるようだった。

「名無しさん、3、2、1、でいく」
何を、と聞き返す前にカウントが始まる。ああもうこの人ってば勝手だ。背中の手が、未だそのままの体勢でいるように強要する。

そして、1、と発したあと、


「っ、ぐ、ぅえェっ」


指が、少しも躊躇うこと無くつっこまれた。言わずもがな、アカギの指。

生理反応には逆らえず。ごぼ、とどこから出たのか分からない音がして、びちゃびちゃと胃のものがぶちまけられていく。見たくない。吐いたのなんていつぶりだ。液が髪の先を濡らす。口の中が酸っぱさに侵される。視界がぼやける。喉にひっかかる汚物がすべてなくなるように数回、ごほごほと咳をする。なんだよ、吐くにしろ吐かないにしろ、やっぱり気持ち悪いじゃないの。

ぜえぜえと肩で呼吸するわたしの背を、アカギの手が上下に撫でる。この状況の張本人だというのに、そのあたたかさにすこし安心してしまって情けない。

恨みがましく視線を送ると、目を細くしたあとに涙を拭われた。




唇から花束




「きもちわるい…
シャワーあびたい」
「そう……俺もなんだ」
(いやなよかんが)







おしまい
●●
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