おはなし

□白い掌
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こたつに入り込み駄々をこねるカイジくんを引っ張り出して、近所で行われていた祭りにやってきた。

いつもなら自動車が行き交う交差点も、この期間だけは人がごった返す通りに変わる。こんなに人がいたんだっけ、と思うほどだった。雑踏に混じり、遠くの方からお囃子が聞こえる。無機質だった味気のない駐車場だって、地域の商工会によって露店が溢れ、季節外れにもお化け屋敷なども作られている。夏と違うところといえばかき氷もアイスもないことだが、それ以外は大して変わりなかった。チョコバナナやガラス細工という定番のものもあったし、じゃがバターや豚汁など温かいものが多く売られていて、うっかり買い込んでしまった。


それでもやっぱり、寒いものは寒いものだ。

息を吐くともう真っ白かったし、隣を歩く彼の鼻の先も赤く染まり、耳もニット帽にすっぽり覆われて、すっかり冬だなとしみじみ思う。いつまでも切らずに伸ばした髪が、今は首根っこを外気から守るために役立っている。

どん、人とぶつかって我に返り、「すみません」と小さく漏らす。人の多さだ、しかたない。学生服を来た女の子や部活帰りの男の子、お年寄り、家族、それからカップルといった色んな人が、視界の端を通りすぎていくし、追い越されていく。

そんなあんまりの人の多さに怖くなって、いつの間にか数歩前を進んでいる彼のセーターを摘んだ。しかし、


「‥‥名無しさん、」
「ん?」
「服、伸びる」
「‥‥‥あー、ごめん」


と一瞬のうちに言われて、ぱっと手を離した。

わたしだけがはしゃいだようで、彼は楽しめたのか。無理やり引き連れてきてしまったし、悪かったなと、ポケットに手を突っ込んで丸くした背中を見ながら思う。

頬を裂くようなつめたい風が通りすぎる。すべすべとした感覚になってしまった両手に息を吹きかけると、申し訳程度に暖かくなり、そしてすぐに消えていった。こすりあわせても大した事にはならず、むなしい。

目を伏せると、いつもどおりのコンクリートとかち合ってすこし現実に引き戻される。逆に顔をあげたなら、提灯に混じって蛍光灯の場違いな光が焼き付いた。風にやられたのか、眠いのか、かすかにその光が歪む。


「あの、さ、名無しさん」


声のするほうを向くと、カイジくんがまた隣に戻ってきていた。相変わらず鼻の先から頬まで赤い。なぜか目が落ち着いていないし、もごもごとし、何かを躊躇うようだった。ああやっぱりいやっだのかなあと、なあに、どうしたの、と返す。


「、
「そんな面倒くさいことしなくたって、こうすりゃいいだろっ」


え、という疑問詞が出る前に、ぶっきらぼうに手を掴まれた。
心臓が、跳ね上がる。
一瞬にして体があつくなったのがわかる。


「え、ちょ、か、カイジくん!? これ‥‥」
「う、う、うるせえっ」


ぎゅうっと手の力が強くなる。いたずら心から親指で傷をなぞってみると、くすぐったそうな、バツの悪そうな、そんな素振りを見せた。同じように握り返すと「いてえよ」だなんて顔を伏せながら言う。そんなわたしより大きな手は、とてもあたたかったし、ぬくもりはいつまでも消えなかった。

ありがと、と言うと数拍遅れて小さく、おう、と返ってきた。


甘酒を買い、オレンジの光で包まれた祭会場を後にする。

すこし離れたところで、なんだか改めて気恥ずかしくなりつつふたりで飲んだ。固まった何かが体の芯から解れていくようだった。目を合わせると、おどおどした後にへら、と笑みをつくって、それでこちらも口元が緩んだ。

紙コップから立ち上がる湯気が、澄んだ空に消えていく。



白い掌



「つうか、冷たすぎるお前‥‥なんでポケットにも入れてないし手袋もしてなかったんだよ」
「‥‥待ってたんだよ」
「うっ‥あっ‥‥ごめん」
「‥‥‥ゆるした!」


●おしまい
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