おはなし

□弁当などない
1ページ/1ページ





空が際限なく青い秋晴れというやつだった。最近天気が悪かったのでうれしい。しかし風は冷たい。もう寒くなっていって、屋上で昼ごはんを食べることもなくなるなんてちょっと寂しいなと、座り込んだスカートの先から出る素足を刺激するコンクリートに対して思った。

ここでわたしは恐る恐る自分に憑く幽霊(自称天使)について一緒にいた友人打ち明けた。変人扱いされようがドン引きされようが、ひとりで抱え込むには精神が持たなかったのが原因だ。返ってきたのは予想外のことばだったけれど。

「俺は、信じるよ」

な、言ってみるモンだろ、と頭上で笑う声がする。
まさか話すら聞いてもらえないと思っていた友人からあっさり認知を返されて、口から焼きそばが溢れるところだった。隣のお弁当にはのりたまが際限なく降りかけられていた。

「何呆けた顔してるんだよ‥」
「い、いや零ってなんか、そういうの全然信じてなさそうで」

零。成績優秀。頭脳明晰。完璧超人。雲上人。神は二物を与えた。ルックスもイケメン。
いかなる超常現象でさえ持ち前の頭でもって科学的に解決してしまいそうな彼は、こういった霊的なものに対する理解はもっとも遠い人のように思っていた。
そんな彼が、お弁当(手製らしい)をつつきながらの彼が。
口にあった焼きそばパンを飲み込んだ後、烏龍茶をすする。購買パンと1L紙パック、これが一番リーズナブルだという結論に落ち着いている。あと今日は奮発してゼリーも買ってみた。

「それは‥‥俺も意外」
「だよねー」
「涯まで‥‥うーん俺ってそんなに堅物に見える‥‥?」

零は困ったように頭を掻いた。
それから、あのね、と口を開き、

「科学で証明できないことだっていっぱいあると思ってるんだ。それが分かってなきゃ、どんな学者もただのがんこおやじさ‥‥と、同時にそれはすごく俺を魅了してやまないこと。だから人がいずれ死ぬっていう事実がねじ曲げられないように、名無しさんがいるっていうんなら、いるんだよ。俺にもわからない素敵な何かが」

烏龍茶が口から垂れたのにワンテンポ遅れて気づき、慌てて口元を拭った。ブラウスにはついてない、セーフ。
素敵…? 素敵か……? とちらりと頭上に視線を巡らせてみれば、なんか口元に手を寄せてを目を細くしていた。関心関心、というところか。ちょううぜえ。

「名無しさん‥その先にその‥‥『幽霊』がいるのか?」

わたしの目の先の変化を見て涯が口を開く。こういうとこ涯は鋭い。しかしわたしと同じ角度、同じ高さで確実に見える方向を眺めるにもかかわらずこの質問ということは、視えてはいないんだ。ほんとにわたし以外には分からないんだと実感する。ややあって「いるよー」と返してやると立ち上がって律儀に頭を下げていた。なんでだよ。そこも『オゥ』なんて言いながら手ぇ振ってんじゃねえよ。

「ふふ‥あっでもなまえ、ひとつ確かめたいことがあるんだけど」
「なにー?」
「その人、すごい人なんだよね? じゃあ、雀荘行ってみない?」



知り合いがさ‥やってるとこあって‥‥!



零の知り合いが経営している&涯の拳があるなら危険もないという押しだった。そんな流れに負け、わたしは人生でもしかしたら一度も入ることはなかったかもしれない雀荘に行くことになってしまった。隣のおっさんが「お前見てよ…最近の若者は……なんて思ってたが、まだまだ捨てたもんじゃねえんだなあ」とタバコを吹かしながらつぶやいていた。
なにをもって捨てたもんじゃないと思ったのだ。それからお前の最近じゃないのっていつだよ。


------------
つづきませ…あれ





[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ