おはなし

□混じり合うインク
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喉の奥から酸っぱいものがこみ上げてきて、耐え切れず吐いた。昼ごはんをさほど食べなかったのが幸いだった。絨毯に吐き出されたそれを見て、業者を呼ばなきゃなあ面倒臭いなあと考えていた。
顔を上げる前に頭部に衝撃。指輪に当たったのかすげえあれ。いてえ。何にせよ舌を噛まなくてよかった。しかし湿った絨毯にたたきつけられて、頬はずいぶんと気持ちが悪い。自分の吐瀉物だっていうのに。
そのまま髪をひっつかまれて目線が合う。最初からそうしてよ、殴らなくてもよかったじゃん。

「誰がやったんだよ」

サングラスから覗くぎらぎらとした目玉は拒否するという選択肢を殺している。それでもわたしは言うわけにはいかなかった。知ってるぞ、こいつはサドマシーンだから、怯えたり意見を曲げさせると喜ぶんだ。

「庇ってるわけ? いいことないよ?」

黙っているわたしに和也は畳み掛ける。
ことの発端はわたしの腹についた青痣だった。し、わたしが和也の腹パンを避けきれなかったのも確信を与えてしまった。ぽっと出で気にいられてしまって結構なポジションにいたわたしを、他の下働きの黒服が妬まないはずがなく、よくストレスのはけ口にされていた。殴ったり蹴ったり、そこらへん。そのたびに殺すと思った。完全な実力をつけて殺すと。『お気に入り』であったためシモのことはされなかったが。逆に中途半端だなあ、甘いなあと感じていた。
ところでこの和也の怒りが『お前を傷つける奴なんて許せない』だったらどれだけ色っぽいか。いや、あっているのかも。もしかしたら。和也だって人間だし。あるいは。

「あいつらは‥わたしが殺す‥‥和也には関係ないでしょ」
「あ? いやいや違うから。これ、命令だから。わかる?」

アンダスタン?と頬をぺちぺちと叩かれたので、いい加減やめろと頭を振ると、意外にもあっさり髪からも手は離された。情けをかけられた気分だ。ちくしょう。
重心を前にもつこともなくなったので、自然にへたりこむ。和也はといえばそれを上から見下ろす。さぞ気分がいいんでしょう。
互いに「ちっ」と舌打ちが漏れる。

「で、誰だよ」
「なんでそこまで知りたいの」
「『制裁』しねえとなア。示しがつかねえだろ」
「あ? う」

今度は胸ぐらをぐいと掴まれ、和也の顔が超至近距離に迫る。
「おまえはオレにだけ殴られて、蹴られて、吐いてればいーの」

あらそうですか。別にわたしの心配はしていないんですかくそ。
にやにやしてんじゃねえ。
渾身の力を込めて睨むが、もしかしたらわたしが目線から逃げられなかっただけかもしれない。ぱっと手が解かれ、和也が背を向けたので、立ち上がっておもいっきり靴をぶん投げた。
結果‥‥ヒールってすごい。

「おい やべえ、ちょ、血でたんだけどえ、それ本当にただの靴のヒールかよ。なんでそいつらに今みてえにやりかえさねえの」
「多勢に無勢だったの」


それからストレス解消と称す行為は徐々に減り、数ヶ月もすると跡形もなくなった。
それが和也の力かあるいはあいつらがただヘマをやらかし脱退させられたのか、はたまた外部に昇進したかは知らない。時間が経ちすぎてしまっているから。そして同時にわたしが殺す必要もなくなったわけだ。
ちなみに、未だにお互い流血沙汰になりつつ世話をするのは続いている。









(きっと赤い、)
(でも同じになることはない)


おちめえ
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