おはなし

□故障
1ページ/2ページ





最近、事あるごとにしげるが「名無しさんさん、案外…小さいんだね」と見下ろしながら言うようになった。並んであるくときはもちろんのこと、家でふらっとすれ違ったときや、座り合って目線がズレたときなど、いつだって言うのだ。すこし前までは、ぎりぎりで天頂部が見えていた気がするのだけど、今はもう見えない。

実際、男の子の成長ってやつは凄まじくて(特にこの年代の子は)女の子なんてあっというまに追い抜かされてしまう。
成長期を過ぎると、もう背は伸びないと言われている。
個人差はあるだろうが、女の子の成長期は男の子より先にきて、なおかつ最大でも25センチほどしか伸びない。それに対して、男の子は成長期が遅く、さらに背は最低でも20センチほど伸びるらしい。成長期が遅くくるというのは、それだけ伸び代があるということだ。女の子が身長で越していられる時間は短い。それはわかっているのだけれど。

今だって。


「さすがにうるさい」


テーブルの向かいで言われた当の本人は、なんのことかわからない、といった顔をしていたが、やがてにやりと笑った。


「フフ…本当のことじゃないの」


そう言い、福神漬を箸でつまみ、口に放り込む。今日の夕飯はカレーライスだった。

台所でしげるも米を茶碗によそったりしていたのだけど、サラダを盛り分けるわたしの横を通り過ぎるたびに、確認するように目線をおくるのだ。


「そうだけどー」


サラダを口にしつつ、我ながらいい配分でドレッシングが出来たと思う。噛むたびにレタスから溢れ出す水分は、素材自体もあたりだと告げていた。

カレーをすくって食べてから水を飲むべくグラスを手に取るが、それは既に軽くなっていて、ひとくちしか残っていなかった。するっと氷が口先に当たってきて顔をしかめる。このやろうと思って、噛み砕いた。


「しげるくん、水いる?」


腰を上げてそう言うと、しげるは「オレも」と隣へ消えた。わたしのがなくなったから、ないなら一緒に入れてくるよ、という意味合いのつもりだったのだけれど。わたしも後を追う。



台所ではしげるが冷蔵庫からピッチャーを取り出しグラスに流していた。ピッチャーにはすっかり冷えた水が入っている。もう半分より少なくなってしまったが。

柄のないものを選んでよかったと思った。もし花柄なんてついているのをしげるが持っていたなら、笑ってしまうだろう。

しげるは氷をいれず、その代わりに水をたんまりそそぐ。


「名無しさんさん、」


ピッチャーを差し出されたので自分のグラスを持っていと、おなじくめいっぱい水をいれてくれた。


「ありがと…でもこれじゃ氷入らない……」
「気にすることないよ」

そう、ぐびりと水を飲み込んだあと、

「…………名無しさんさん、やっぱり小さいね」


と、思い出したように言われた。どうやら絶好の身長確認ポイントだったらしい。ご丁寧に目に刺さる日光を遮るような手も付いている。からかわれている。「しつこい」とむうと口を尖らせるが、しげるは見もせずにピッチャーを冷蔵庫に入れ直した。そしてぱたんと扉をとじる。

それと重なるようになにか呟いて、からかうとか嘲るとかでもなく口角を上げて笑うものだから、わたしは精一杯の機嫌が悪いふりをして食卓に戻ったのだ。

たまに歳相応な顔をするのは心臓に悪いからやめて欲しい。

座ってから喉に流し込んだ水は、やはりいつもよりぬるかった。



「やっと越せたから」





あなたにかんしての
ぼくのこころは
故障してしまったようです





(なんでそんなに嬉しそうなの)

おしまい
次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ