おはなし
□故障
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最近、事あるごとにしげるが「名無しさんさん、案外…小さいんだね」と見下ろしながら言うようになった。並んであるくときはもちろんのこと、家でふらっとすれ違ったときや、座り合って目線がズレたときなど、いつだって言うのだ。すこし前までは、ぎりぎりで天頂部が見えていた気がするのだけど、今はもう見えない。
実際、男の子の成長ってやつは凄まじくて(特にこの年代の子は)女の子なんてあっというまに追い抜かされてしまう。
成長期を過ぎると、もう背は伸びないと言われている。
個人差はあるだろうが、女の子の成長期は男の子より先にきて、なおかつ最大でも25センチほどしか伸びない。それに対して、男の子は成長期が遅く、さらに背は最低でも20センチほど伸びるらしい。成長期が遅くくるというのは、それだけ伸び代があるということだ。女の子が身長で越していられる時間は短い。それはわかっているのだけれど。
今だって。
「さすがにうるさい」
テーブルの向かいで言われた当の本人は、なんのことかわからない、といった顔をしていたが、やがてにやりと笑った。
「フフ…本当のことじゃないの」
そう言い、福神漬を箸でつまみ、口に放り込む。今日の夕飯はカレーライスだった。
台所でしげるも米を茶碗によそったりしていたのだけど、サラダを盛り分けるわたしの横を通り過ぎるたびに、確認するように目線をおくるのだ。
「そうだけどー」
サラダを口にしつつ、我ながらいい配分でドレッシングが出来たと思う。噛むたびにレタスから溢れ出す水分は、素材自体もあたりだと告げていた。
カレーをすくって食べてから水を飲むべくグラスを手に取るが、それは既に軽くなっていて、ひとくちしか残っていなかった。するっと氷が口先に当たってきて顔をしかめる。このやろうと思って、噛み砕いた。
「しげるくん、水いる?」
腰を上げてそう言うと、しげるは「オレも」と隣へ消えた。わたしのがなくなったから、ないなら一緒に入れてくるよ、という意味合いのつもりだったのだけれど。わたしも後を追う。
台所ではしげるが冷蔵庫からピッチャーを取り出しグラスに流していた。ピッチャーにはすっかり冷えた水が入っている。もう半分より少なくなってしまったが。
柄のないものを選んでよかったと思った。もし花柄なんてついているのをしげるが持っていたなら、笑ってしまうだろう。
しげるは氷をいれず、その代わりに水をたんまりそそぐ。
「名無しさんさん、」
ピッチャーを差し出されたので自分のグラスを持っていと、おなじくめいっぱい水をいれてくれた。
「ありがと…でもこれじゃ氷入らない……」
「気にすることないよ」
そう、ぐびりと水を飲み込んだあと、
「…………名無しさんさん、やっぱり小さいね」
と、思い出したように言われた。どうやら絶好の身長確認ポイントだったらしい。ご丁寧に目に刺さる日光を遮るような手も付いている。からかわれている。「しつこい」とむうと口を尖らせるが、しげるは見もせずにピッチャーを冷蔵庫に入れ直した。そしてぱたんと扉をとじる。
それと重なるようになにか呟いて、からかうとか嘲るとかでもなく口角を上げて笑うものだから、わたしは精一杯の機嫌が悪いふりをして食卓に戻ったのだ。
たまに歳相応な顔をするのは心臓に悪いからやめて欲しい。
座ってから喉に流し込んだ水は、やはりいつもよりぬるかった。
「やっと越せたから」
あなたにかんしての
ぼくのこころは
故障してしまったようです
(なんでそんなに嬉しそうなの)
おしまい