おはなし

□交換条件!
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「ただいまー」

そう言い家に帰ってくると汗が一気に吹き出てきた。片手には買出しに用いた大きな鞄があるため、自由な方でそれを拭う。「ただいま」に返事はなかったが、蚊取り線香を焚いているであろうにおいが漂っている。それから、奥のほうで微かに扇風機の動く音。そして、目線を落とした先にあった一組のスニーカー。きちんとそろえて並べられたそれに、思わず苦笑した。


同じようにサンダルを脱ぎ部屋に進むと、案の定畳に伏してぐたりと横になっている少年がいた。しわになっちゃうんだけど、という心配も彼にはないようで、学生服のままだった。いつもなら中学生ならぬ鋭い目も、このときばかりは閉じられていて、これなら返事が来ないのも仕方がないかと思う。
机には解きかけの問題用紙があり、どうやら宿題の途中で飽きたか面倒くさくなったかしてしまったのだろう。暑いとやる気もなにも起きないものだ。この子も夏にやられたかと思うと、案外人の子だなあと頬がゆるんだ。


せっかくなので起さないようにと忍び足で冷蔵庫まで歩き、買ってきたものを片付ける。扉を開くと心地よい冷気が通り抜けた。そこに、茄子やトマト、ピーマンといった野菜を突っ込んでいく。豚肉や卵はまた別のところ。鞄に手を突っ込むたびに、ビニールがかさかさと鳴る。
そして次に放ろうと掴んだものは、

「アイス……」
「あらしげるくんおはよう」

いつの間にか後ろにいて買い物袋を覗き込んでいたしげるは、何か訴えるかのように呟いた。そのあと、おはよう名無しさんさんうるさくて起きちゃったよと憎まれ口を叩くので、頬にある畳の痕を指摘すると罰の悪そうな顔をされた。

「…たべたい」
「ひっつくな」

手に持ったそれを見つめてしげるが言う。
後ろからべったりと張り付かれたのでひっぺがす。

「しげるくん宿題終わったの」
「終わった」
「嘘おっしゃい、机にプリント出てたよ」
「あらら…」

それが終わったらね、と冷蔵庫にそれを突っ込む。冷凍食品もいくつか。しげるはというとおとなしく机に向かっていった。いかにもしぶしぶ、といった様子だった。
「あと着替えなさい!」と思い出して言えば、「はいはい」と小さく返ってきた。


冷蔵庫に詰め込み終わったあとで、冷えた麦茶を持っていくとありがとうと薄く笑った。そしてそれをお供にしたおかげか、宿題はスムーズに片付いたようで、そう時間も経たずにキッチンに立つわたしに「できたよ」と告げる。
おつかれさまと冷蔵庫のソーダ味のアイスをわたしとしげる用に一本ずつ取り出して渡すと、しげるはすぐにそれの袋開けて齧り始めた。たまにキーンとしたのか表情を変えないまま身動きをしなくなる。
その様子は13歳らしくで、とても命を賭けるやりとりをしているようには見えないなと思うのだった。話に聞いているだけだが。
歯をかけるたびに広がる、しゃりしゃりとした食感がとても気持ちよかった。



交換条件!




「名無しさんさんも、アイス齧るほうなんだ」
「そうだけど」
「ふーん……」





おわり
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