おはなし

□こんな風に君を愛する
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(あ、)

やっちゃった、と思って首から両の親指を離す
すうっと頭に酸素が運びこまれる感覚。気持ち悪いような良いような、不思議な感覚
嫌いではない
否、むしろたまらない

鏡を見ると、くっきりと赤い三日月の爪痕









「ただいま」
そうこうしているうちに帰ってくるあなた

「おかえりなさい」
駆け寄るわたし

抱き着いてキスして首筋に顔を埋められて

「おや」と、そのうちにあなたはソレを見つけ、撫でた
あなたの爪は、わたしの、二つだけ伸ばされた爪とは違う
ちゃんと切り揃えられた爪だった


「…待てなかったのかい?」


問いに、小さく「うん」と答える
約束違反だから認めるのが怖かったけど、赤い痕のせいで、反論も意味を成さない

長い爪は肉によく食い込むので、切らないでおかれた
今回みたいに、気付くように


「君を、絞めていいのは、俺だけって言ったはずだけど」


それは自分で、も例外ではなくて

首にある指が動いて、わたしの右手をしっかりと優しく包みこんだ。指は、手首を上下にゆっくり移動する
愛撫のよう


そしてぽつりと、あんまりに悲しそうに言った


「手首を切らなきゃあ、いけないのかな」


泣きそうな声色で、


「俺は心配してるんだ
君が、自分で自分を殺さないか」


だから、言うこと聞かなきゃ切ってしまうよ、と男はわたしを見つめて言った

淡い緑の目は、すごく真剣で、ちょっとだけ怖くて、でも綺麗で


「わかった」


わたしは返した
手が無くなったら、あなたの背中の感触を楽しむことも、髪を梳くことも出来なくなってしまう
それは困るじゃない
それにとっても痛いだろう
まっぴら御免だ

返事を聞いて、男は笑った
わたしの手首にあった手が、首に緩やかに動いて、
鎖骨よりちょっと上のあたりを、圧迫感が襲った
「あ」と小さく声が漏れた




(わたし、あなたのこれが1番好き)




いつも、的確な場所を当てて、適当な力で押して、正確なタイミングで離してくれるけど、
今回はいつもよりちょっぴり
痛くて、強くて、長かった









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