† 残 † 番外編

□白の血と黒の牙
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「痛ッ……!」


見た目を遥かに凌駕するほどの力で押さえ付けられては、さすがの私も抵抗出来ない。

ただただ「放せッ!!」と要求する事しか。

けれどヘヴンリーは青い瞳を細めるのみで、私を離してくれる気配は感じられなかった。

それどころか、首筋に絡めた手を器用に動かして、ゆっくりを周囲を撫で回す。
途端に感じるゾクリとした感覚に身体が震えた。

それと同時に聞こえてくるのはヘヴンリーの声を押し殺した様な笑い声。

不快で不快で堪らないのに、耳に張り付いて消えてくれない。


「やめてよ……!」


自分でも情けなくなるほどか細い声で懇願してみても、ヘヴンリーの奇行を止める事は出来なかった。

それどころか、それがさらに彼の手を煽ってしまう結果となる。


「嫌だッ!! 放して……ッ!」


クククとヘヴンリーが耳元で笑う。

しかし突如、それまで以上の力で拘束されたかと思うと、首を撫でていた手がすっと肩口に触れた。


「ッ!!」


ハッとして抵抗しても満足に暴れる事も出来ず、あっという間に襟元をずらされて、露出した私の肩がヘヴンリーの前に曝される。


「放してよッ!! 放せッ!!」


それでもなお反抗する私に愛想を尽かしたのか、ヘヴンリーは一瞬にして真顔に戻ると、最後の抵抗と言わんばかりに喚き散らす私の口を片手で素早く塞ぎ、そして言った。




「アンタ見るとさぁ、血がざわめいて仕方ねぇんだよ。この身に流れる血のもう半分もシードのモノだったら、今すぐココで全部吸い尽くしてやんのにな」





人形みたいに綺麗な顔の中心で妖しく揺らめく青い瞳から視線を逸らす事が出来ずに、私は思わず息を呑んだ。

そしてまたヘヴンリーの口元から覗く白い牙からも。

彼がハイブリッドでなければ、或いは私が白魔法使いでなければ、私は間違いなくこの場で吸血されて死んでいただろう。

そう実感すればするほどに、背中を冷たい物が伝っていった。


「……」


急に脱力した身体はヘヴンリーの前に崩れ落ち、もはや彼を見上げる事すら出来なくなっていた。

ヘヴンリーがどんな顔をして私を見下ろしているのだろうか、そう考えるだけでも体の震えが治まらない。

けれどそんな私の頭上からは、なおもヘヴンリーの言葉が降って来る。





「いつか“アンタ”を手に入れることが出来たなら、オレも世界も変わるかもな」





「……」


それまでの私ならば、すぐにどういう意味だと食って掛っていたはずのセリフにさえ反応出来ない自分が情けなく悔しかった。



やっぱりこの男は嫌いだ。

嫌いだ。




そんな私の心情を悟ってか、ヘヴンリーは勝ち誇った様にフフンと鼻を鳴らすと、足取り軽やかに冷たく暗い回廊へと消えて行った。

取り残された私は一人、衣装の乱れも直そうともせずにただ呆然と座り込んだまま、しばらく動く事すら出来なかった。




ヘヴンリーに隙を見せた自分が情けなくて。

ヘヴンリーなんかに怯えた自分が情けなくて。



やがて通り掛ったデューンとレイフィールに発見されるまで、私は魂の抜けたままの状態で、どこかをぼんやりと見つめるだけだった。



あの男は嫌い。

あの男は……嫌いだ。




fin.


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