† 残 † 番外編
□疑惑
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それはある日の夕刻の事だった。
「ねぇデューン様? 教えて欲しい事がありますの」
●疑惑
地平の向こうに姿を隠した太陽がなおも空を赤く染めている時分に、随分と珍しい者の訪問を受けてしまった。
二回のノック。
誰かと尋ねれば、意外にも答えた声は女の物だった。
まだ他のヤツが眠りから覚めていないこんな時間に来るとしたら、思い浮かぶのはたった一人だけだったが、声はその者の可能性を否定している。
思わず眉を顰めて警戒した。
ドアの向こうからした声は、明らかに“その者”とは違う響きを持っていたから。
甘ったるくて甲高くて、胸焼けがしそうだ。
その声を特に嫌悪していたのは、きっと俺だけじゃないだろう。
「ゴメンなさい、こんなお時間に。でもどうしてもデューン様にお聞きした事があって」
ドアを開けるなり自らの存在を主張する様に微笑する女の顔を見て、内心溜め息を吐いた。
コイツの訪問を受けるようなマネは一切していないはずだったのだが……。
迂闊にドアを開けてしまった事を今さらながらに後悔する。
「……来る部屋間違ってんじゃねぇの? ロイズにバレたって知らねぇよ? カルディナ」
うんざりした表情を隠すかの様に、片手で顔を覆ったままオレは目の前に立ち塞がるカルディナに向かってそう言った。
そのセリフにどんな顔をして見せるのかと思いきや、カルディナは意外にも「上等ですわ」と呟いてニヤリと笑っている。
何だ? この女。
いつもはロイズロイズ騒いで見境ない癖に。
その返答を警戒して、オレは少しだけ首を持ち上げた。
相手はドールと言ってもただの人間に過ぎない。
けれどこのカルディナという女はロイズに入れ込み過ぎるあまり、この居城内に於いての評判はすこぶる悪かった。
ロイズの他のドールはもとより、レイフィールや他の高位にあるハイブリッド達のドールまでをも影で悉く潰しに掛かっているという噂までこの耳に届く有様だ。
実際に現場を幾度か目撃しているだけに、あまりにも目に余る言動が見られる場合は、こちらとしてもそろそろ手を打たねばならない時期が来ている。
「んで? 聞きたい事って何? こっちもあんまり時間がないんだ。手短に頼むわ」
ただでさえ接触を持ちたくない相手なのに長話に発展しては堪らないとさっさと牽制の言葉を投げ掛けたオレに、カルディナはお得意の上目遣いで一歩近寄った。
ハイハイ、分かってますよ。
その目に騙されてるのはロイズ一人だって事くらい。
いや、アイツもバカじゃないから案外コイツの正体を分かった上で面倒見てるのかもな。
アイツ本当見境ないなぁ。
こんな女とヤッてるのかと思うとマジ反吐が出るぜ。
まったくアイツは……。
「デューン様? 聞いてらっしゃるの?」
「あぁッ!? うるせぇなぁ」
心の中で吐いていた悪態すら邪魔されて、思わずオレは声を荒げていた。
そんなオレの言葉に珍しく傷付いたのか、カルディナは一瞬目を伏せると僅かに顔を逸らして、そして言った。
「デューン様は相変わらず私には冷たいのね。そしてロイズ様も。……あの小娘には優しいのに……」
蚊の泣くような小さな声で、でもどこか怨みの篭るような声で確かにそう言った。
その言葉が甚だオレの勘に触った事は言うまでもないが、一つだけ引っかかる部分がある。
「オレはともかくロイズは違うんじゃねぇの?」
まぁ、そこに愛情があるのかは別として。
そう思って声を掛けると、カルディナは意味深な色をその瞳に浮かべて、ゆっくりと首を振った。
「あの娘がこの城に来てから、ロイズ様は私を抱いて下さらなくなったわ。それに私と一緒にいたって見ているのはあの娘ばかりッ!! デューン様は知っているのでしょう? 何故ロイズ様があんなにもあの娘を気に掛けるのかを……ッ!」
思わず耳を塞ぎたくなるくらいの甲高い声でギャンギャン叫ぶカルディナに、オレは密かに心の中でほくそ笑んだ。
だが、正直ロイズとカルディナの間にそんな溝が出来ていたと言う話は初耳だった。
この女の言う“娘”とはどう考えてもエルの事だろうが、ロイズがエルを見ている?
しかもあのロイズがコイツに手を出さなくなった?
……有り得ない。
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