† 残 † 番外編
□夢、現
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「夢、現」
いとしくて愛しくて、くるしくて苦しくて、せめてその瞳の中に宿りたいと、その心の中に宿りたいと、瞼の裏で微笑む小さな姿に手を伸ばす。
手を……伸ばす……。
「ギャーーっ!! やめてぇーーッ!!」
まどろむ瞼は石の様に重くて、瞳にはうっすらとしか光が差し込まない。
だから逃げない様に、逃がさない様に、捕まえた温もりをしっかりと胸に抱き締めた。
しっかりと。
「うわあーーッ!! ちょっとーー!!」
腕の中で暴れる感覚にふっと笑みを漏らせば、「変態ッ!!」と鳩尾(みぞおち)に一撃を喰らった。
その衝撃に、さすがのオレも完全に覚醒させられる。
「いってぇッ!! エル、てめ……ぇ……。……え?」
飛び起きながら、なおも暴れ続ける娘に一喝しようとすると、相手とかっちり目が合った。
「……」
「……」
「……何やってんだテメェ」
「……何やってんのさ変態」
オレ、まだ寝ぼけてんだろうか?
それほどまでに相手のアイスブルーの瞳がオレの思考を狂わせる。
だが。
「変態じゃねぇし、このクソチビッ!!」
「変態以外の何なのさ! 離せーーっ!!」
「うるせーッ!! ボケッ!!」
とりあえずギャーギャー騒ぐクソチビを解放して、ついでにベッドから蹴落とした。
ヤツは「ギャッ」と声を上げながら、床の上をゴロゴロ転がって、そしてすぐにすくっと立ち上がった。
口端を微かに歪めながら。
「……何だ、今まで冗談半分でエルの事好きだ好きだって言ってんのかと思ってたけど……、……マジなんだ?」
そして小悪魔の様に嗤う。
その表情(かお)には、いつもの軽さは微塵も感じられない。
笑ってる癖に、眼だけをギラ付かせて。
熱の無い冷めた瞳で、オレを威嚇している。
――ああ、なるほど。
「……テメェもか、……レイ」
声にならない声で、そっと呟く。
なんて言う巡り合わせか。
オレ達三人とも、人間の女に惹かれちまってる。
やがて滅び逝くオレ達シードヴァンパイアが三人も、エルフェリスと言う人間の女に惹かれちまった。
「まいったな」
寝乱れた髪に無造作に手をやれば、自然と言葉が零れた。
けれどそんな時にまで浮かび上がるあの姿を想い出せば、この顔に、この心に勝手に微笑が宿る。
心が、とけていく。
それからじっと向かい立つレイフィールに目を向ければ、ヤツは少しだけ瞳を揺らした。
「……心外だな、冗談だなんて」
そしてそんな風に言葉を漏らせば、レイは意外だと言いたげなほどに目を丸くする。
「へぇ、素直だね。……認めるんだ?」
「もちろん。悪いのかよ?」
挑発する様に、ニヤリと笑えば、レイフィールの澄んだ瞳がオレから離れて行くのが分かった。
否定などしない。
エルは必ず、オレが手に入れる。
だから今は、あの月に願おう。
「早く戻って来い。……エル」
こんなにも愛しくて、こんなにも苦しいから。
早くオレを。
こんなオレを。
救ってくれ。
fin.
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