盛り合わせ

□ひと夏の経験
2ページ/4ページ

シロこと、城塚 壱栄(シロツカ イチエイ)は、組長の息子である義景の子守り役をしている男だった。
自分が幼稚園の頃、父親と呼ぶには若過ぎた城塚の年齢は23歳で、義景との年齢差は17。
世間を斜に見るやさぐれた鋭い目が印象的で、黙っていると1本芯の通った職人みたいにストイックな雰囲気があり、ただで女が寄って来る見栄えのいい男だった。
体つきも逞しく長身で、高校の時、水泳の選手だったという城塚は家の事情で大学進学を諦め、夜の街でホスト崩れの仕事をしていた所を、義景の組に引き上げられたそうだ。
その辺りに、何かきな臭い流血沙汰があったようだが、義景が聞いても教えて貰えない。
かと言って、他の誰かの口から城塚の昔の事を聞くのも、男として憚られる。
いつか、城塚本人が教えてもいいと思った時に教えて貰えたら、それが一番いい。
その時こそ、城塚が自分を男と認めてくれた時だろう。そう自分に言い聞かせ、むずむずと沸き上がる好奇心を義景は男の意地で捩じ伏せた。
義景にとって、城塚は永遠に憧れの的だ。
子どもの時は、何でも城塚の真似をしたし、物心をついた頃には、人目も憚らず城塚の回りにまとわりついた。
子守り役という仕事が城塚に合っていたのかはわからないが、大人達の間に入りたがる義景を皆が邪魔にしても、決して城塚だけは邪険には扱わなかった。
むずがる義景を抱き上げ、普段ならニコリともしない口元を自分のために弛めてくれる。
それが自分だけの特別だと思うと、幼いながらに義景は胸をときめかせた。
『シロ、大好き』
城塚に両手を伸ばして抱きつき、ぐりぐりと、自分の頬を城塚の顔に擦り寄せる。
『これ』が自分だけの物だと思うと堪らなく嬉しくて、義景は言い表せない気持ちをキスで現した。
『大好き、大好き』
それしか言葉が出て来ない。
シロと居ると、あったかくて気持ちが良くて、ずっと一緒に居たくなる。
父のような、兄のような、そのどれとも違うような、何か特別な、世界に一つしかない宝物のような存在だった。

これが、きっと自分の初恋だった。

そう気付いた時、義景は自分がたぶん世間一般の少年少女達とは、感覚の違うものを育ててしまっている事に愕然と気付いた。
だからと言って、急に自分の中にある気持ちが萎む訳ではない。
しかし、それをだだ漏れに表現するには、難しい年頃になってしまった。
何も考えず、思った事を口に出せたチビの頃はまだ良かった。
城塚を男と意識してからの義景は、なんとか自分の想いを隠すのに必死で必要以上に素っ気ない態度を取ってしまう。
あんなに明け透けに大好きだと公言していた過去を封じなければ、一つ屋根の下に好きな男と一緒に居る事など到底出来ない。
自分の嗜好が異端だと気付いてからの義景は、ひたすらに無感動、無表情を貫いてきた。
思春期真ッ最中の義景が、男を相手に恋情を抱いていると城塚に知られたら、そしてその相手が城塚本人だと気付いたら、城塚はきっと自分に幻滅するだろう。
極道という男社会に生きる城塚なら尚の事だ。
組長の息子でありながら、城塚相手に淫らな妄想に耽り、男の身体に欲情する自分をどう思うだろうか。

こんな事、絶対にシロに知られたくない。
シロに幻滅されたら、生きていけない。
シロが居ない人生なんて考えられない。
絶対、シロと一緒に居たい。
死ぬなら、シロの傍で死にたい。
義景は14歳にして既に、盃を交わす親子以上の忠愛を城塚に抱いていた。

だからこそーーーー
義景は、中学生になった今、極道の家に生まれた割に愛されてきた環境下にあっても、どこか擦れた雰囲気を纏い、自ら他者を寄せ付けないように振る舞って来た。
家の中では、特に強固に自分を律しているつもりだ。
見た目が男らしくなったのもある。
刺々しい顔付きで、組員達の横を通り過ぎると、今までの子ども扱いから男扱いに変わり、組の強面の面々も一応の会釈を返してくれるようになった。
よく頭を撫でて可愛がって貰っていた頃を懐かしく思う気持ちもあるが、男として扱ってくれる彼らの態度には嬉しいものがある。
城塚に自分はちゃんと男らしく成長したのだと認めて貰いたい。
極道の息子として、男らしく、堂々と城塚の隣りに立てる男になりたい。
城塚に対する不埒な想いを胸の奥に封じ込めた義景には、それだけが唯一の願いだった。

男らしく。
男らしく。
女にモテても、女に溺れず、冷徹に。
だから。
目の前に迫るナナの唇も、蹂躙するくらいの勢いでーーー奪う。

「う、イヤだ!!やっぱ、ダメだ・・っ」
叫ぶと同時に、義景は両腕を突っ張って、自分に迫り来るナナの肩を押し返していた。

嫌だ・・!
オレはコイツとキスなんかしたくない。
いくら自分の気持ちを隠して生きていくと決めても、初めてのチューくらい、大好きなシロとしたい。気持ちを封印しても、恋心を捨てた訳じゃない。
こんな尻軽女なんかとは、絶対、粘膜接合シたくない。

「え、ええっ!?蘇芳くん、どうしたの?」
「どうしたのじゃねえ・・。お前なんか全然好みじゃねえんだよっ誰でもお前に気があると思ったら大間違いだ。オレに好かれたかったら、もう少し慎ましさを学びやがれ・・っ」
捨て台詞の最後は自分を慰める言葉だった。
自分がおかしい部類の人間だと気付いてからは、城塚の体に触れないよう努め、朝も夜も一緒に居るのに、その背中を眺めるだけに留めてきた。
想いを殺した義景が、城塚の姿を遠慮無く見つめていられるのは、後ろ姿だけだったからだ。
溜め息が出そうな程魅力的な男が、目の前にいるのに、触れる事は愚か、声を掛ける事も躊躇われる。
無駄に話し掛けて、どこで自分の気持ちに綻びが出るか、怖い。
好きで、好きで、大好きで、今にも抱きついてしまいたい衝動を必死で押えている自分に、嘘を偽る自信は露程も無く、自分に許されている事と言えばその愛しい背中を見つめる事くらい。
ナナのように大胆にキスを強請ったり、抱いてくれとシャツのボタンを外す事など自分には到底出来ない。
悔しさに歯ぎしりし、義景は「もう二度と、こんな事すんなよ」とナナに背中を向ける。
が、ナナもこんな扱いをされて、女のプライドに傷がついたのだろう。
義景の腕を咄嗟に掴むと、体に抱きつき、丸みのある膨らみを背中に押し当ててくる。
「好きなのっ義景くんが好きなの・・好きにしていいから・・っ」
こんな風に、想いを無遠慮にぶつけられる女の存在が義景にとっては無性に苛立たしかった。
「輪姦(マワ)すぞ」
ナナを振り返り、一言そう告げると、ナナの腕を乱暴に振り払った。
ナナの顔が泣きそうに歪むのを目の端に捕らえたが、無表情で返した。
ナナのように、好きな相手に、好きだと言える事が羨ましい。
それは、幼かった昔の自分を見ているようでもあり、余計に苛立つ原因となった。
告白されて忌々しいと思う自分がいる事。

それは、そっくりそのまま、昔の城塚の姿かも知れない。

好きだ、好きだと、いくら組長の子どもとは言え、小さなガキにうろちょろとまとわりつかれれば、敢えて不快と口にしなくても、迷惑でしかなかったかも知れない。
それは、自分と置き換えて考えられる今ならわかる事。
ナナから、自分の気持ちに関係無く勝手に気持ちを押し付けられ、心底辟易した。
好きでもない相手の要求に応える余裕など、自分にはない。

オレだって・・好きなんだ・・。
自分の気持ちに一杯一杯で、他人を思い遣ってる暇なんかない。
大好きで、大好きで、オレの方こそ、好きにして欲しい。
シロになら、どうされても構わない。
どうしようもなく疼く身体をシロに押し付けたい。
淫らに動き出す肉欲から自分を救って欲しい。
自分の中にいる野獣を宥めるため、学校から帰った義景は、夕食も食べず、部屋の中に閉じ籠った。
次へ
前へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ