盛り合わせ

□騎士と砂の王
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目が覚めると、そこは真っ白な世界だった。
白い天蓋付きの、ふかふかのベッド。
ルシカは、ぼんやりと視線を動かして見る。
手足を広げてもまだ広そうなベッドには、四本の支柱が立ち、その間に白いレースが掛かっている。

あれ?ここ、どこ・・?

肌触りのいい高級な寝具に包まれ、もう一度目を瞑ってしまいたくなる誘惑を、なんとか目を擦って撥ね除けた。
Tシャツに短パン姿の自分が、こんな豪奢なベッドで、どうして寝ているのか。
「テオ・・?」
呼べばすぐに来てくれる筈のテオが、来ない。
もう一度「テオ!」と、少し大きな声で呼んでみたが、同じだった。
胸の中が、不安でザワザワする。
嫌な予感に、ベッドから出ようとレースを掻き上げ、床に足を下ろした途端、右足に鋭い痛みが走った。
思わず膝が崩れて、床の上に体がずり落ちる。
「イテ・・」
足首を手で押え、顰めた視界に入ってきた光景に絶句した。
ややベージュ掛かった流れ模様の入った大理石の床。
20畳、いや、それ以上あるだろうか、広々とした部屋の中は壁も床も柱も窓も、全てが大理石で出来ていた。
唯一、大理石でない天井は半球状で、8分割された1枚1枚に、どんな意味があるのか宗教画のような細かい絵が入っている。

どこだよ、ここ・・!?
こんなの、美術館か、世界遺産でしか見た事ない。

「もしかして、ベッドから落ちたのか?このサイズのベッドから落ちるとは・・」
声のする方に顔を向けると、くせのある髪を後ろに掻き上げながら、白い長衣に身を包んだ口髭を生やした30代くらいの白人の男性が、ルシカの方へと近づいて来る。
「そういえば、怪我をしてたんだったな」
男はルシカの前に片膝を突くと、包帯の巻かれた右足にそっと触れた。
男が俯くと、その顔に睫毛が影を作る。
顔の中心を高い鼻梁がすっきりと通っていて、その下にある尖った唇との相性もいい。
頬骨は高すぎず、削げてもいない。
すっきりとした顔立ちの中、唯一濃い黒目がこれ以上はない程に自分を見ろと、自己主張していた。
綺麗な目だった。
大きく黒光りする瞳を覗き込むと、その中にルシカの顔が映り込む。
黒色だけに見えた瞳の中は、色とりどり、多彩な色彩に溢れていた。
彼の大きな手が、ルシカの腕を取り、半ば抱きかかえるようにルシカを立ち上がらせた。
「あの、ここは?あなたは、誰ですか?」
ルシカの質問に、男は苦笑いした。
「自分を拉致した相手に、誰ですか、なんて聞くもんじゃない」
「・・拉致・・?」
「そう。君は私に拉致されたんだ」
「どう、して・・?」
「今は、その質問に答える時じゃない。さあ、お腹が空いただろう?朝ごはんにしよう。そうだな、私の事はレッドと呼ぶといい」

理不尽な物言いなのに、その言葉には、反論を許さない強さがあった。
そもそも、自分を拉致した相手なのだ。
それを明かす今、この身はまだ無事で済んでいるが、怒らせたりしたら、何をされるかわからない。



彼に促されて隣室に入ると、その部屋も大理石で出来ていた。
「レッド・・。オレと一緒にいた人は?」
部屋の中央には、白い円形のテーブルがあり、その上には、温かいスープにサラダ、卵とパンに、オレンジやパイナップルのフルーツ盛りが、ところ狭しと並んでいた。
ルシカはレッドに助けられながら席に着き、レッドが答えるのを待った。
「テオの事?」
レッドの口から、テオの名前が出た事にルシカは驚く。
目を見開いて見つめていると、レッドが手を上げ、それを合図に、エプロン姿の召使い風の女性が二人現れた。
彼女達はぬるま湯の入ったボールを持ってくると、それにタオルを浸け、ルシカの顔や手を拭い始める。
戸惑っている内に、作業はあっと言うまに終り、目の前にハーブティーが運ばれて来た。
「テオは、どこ?ここに居るの?」
「・・居るよ。テオと私は、大学時代の同級生なんだ」
「同級生・・?じゃあ、テオと友達?」
「うーん・・どうかな。そういうのとは、少し違うかも知れないね。もっと身近で、何でも言える相手、かな」
「友達より、仲良しって事・・?」
ルシカの質問に、レッドは頬杖を突いて微笑み返した。
「さあ、スープが冷めない内に食べよう」
どうぞ、と勧められても、なかなか食欲が沸かない。
お腹は空いている筈なのだが、自分が置かれている状況がイマイチ理解出来ず、食べ物が喉を通らない。
そんな自分をレッドは楽し気に見つめている。
「食欲が沸かないみたいだね。実は、私もだ。何せ、ちょっと前に、部下に罰を与えてきたばかりで、血を見たせいか食欲減退気味だ」
レッドの台詞に、ルシカの体が硬直した。
指先が冷たくなり、鼓動が少しずつ早くなる。
テーブルの上に肘を突き、両手の指を組んだレッドの視線が、真っすぐにルシカを捉える。
「罰とは、罪のためにある。けれど、罰程、甘美なものはない。どうしてだと思う?」
レッドがゆっくりと椅子から立ち上がり、ルシカの側へ歩いて来る。
足首まである長衣の裾が、大きく、小さく、うねって止まった。
おずおずと顔を上げると、テーブルに手を突いたレッドに顔を覗き込まれる。
形のいい唇がゆっくりと弧を描き、それから開いた。
「相手に、期待しているからさ。罰を与える事で、罪を犯した事を本人が後悔してくれるのを」
部下、とは、誰の事だろう。
嫌な予感に、掌の中に汗が出る。
「テオは、どこ・・?・・テオに、何したんだ・・」
ルシカの心臓は、今にも飛び出してしまいそうな程に、激しく脈打っていた。




「ルシカ、ここに座って」
そこに置かれていたのは、不思議な椅子だった。
金色が鈍く光る椅子のフレームは細く、肘掛け付きのパイプ椅子のように簡素に見える。
恐る恐る、ルシカが椅子に座ると、レッドが棚の上に並んだ金の腕輪を一つ取った。
腕輪は、純金なのか、ずっしりと重く、5cm程の幅に美しい花の模様が施されていた。
レッドは、ルシカの両腕にそれを嵌めると、同じように足首にも嵌めようとして、右足の怪我を見て、左だけに嵌める。
腕輪も重かったが、足の物はもっと重量があった。
手の置き場をレッドに調節され、肘掛けから、カチン、と金属が噛み合った音がする。

何の、音・・?

ルシカは腕を上げようとしたが、動かない。まさか、と思って腕輪から腕を抜こうとしたが、椅子と腕輪がくっついていて、ビクともしない。
左の足首も、椅子の足に縛られているみたいに動かなかった。
「レッド・・いやだ。この椅子、何?」
「そんなに怖がらないでいい。大丈夫、大事なルシカに、痛い事なんかしない」
レッドが宥めても、椅子に座っているルシカには何も響かない。
「やだ・・やだ、放して・・」
小刻みに震える身体を揺さぶり、椅子から立ち上がろうと試みるが、思わず痛めている右足を床に突いてしまい、痛みで呼吸が一瞬止まった。
「やっぱり痛むか・・」
ルシカの右足をどうしようかと、腕組みしたレッドが考える。
「何、・・これ、なんで!?取って!取って、ねえ、レッド、お願いっ」
「ルシカ、騒ぐんじゃない」
体を揺らして、ルシカが立ち上がろうと藻掻く。
「ルシカ。お前はテオに、一緒にベッドに入ってくれと、誘ったそうだな?」
その台詞に、ルシカは体を強ばらせた。
「誘った、なんて・・オレはただ、一緒に、寝たくて・・。テオが、そう言ったの?」
「そうだ。オレと15年の付き合いのあるテオが、そう言った」
レッドの言葉を耳にして、視界が急に昏くなった。
「ルシカ、お前は、素直で、負けず嫌いで、とても思いやりがある。たった9歳の時から、家族のために金を稼ぐために、大人の中で本当に一生懸命に頑張ってきた。ずっと1人で頑張ってきたお前だから、少し寂しくなっただけだろう?誰かと一緒に寝たかった。そうだろ?テオじゃなくても、良かった筈だ。きっと、たまたま、すぐ側に居たから、その手を取ってしまった・・・違うか?」

たまたま・・側に居たから・・

確かに、あの時、あんな風に接せられて、頭が上気せた。
まるで、お姫様の様に大事に大切に扱われて、テオの姿がまるで自分を守るためにいる騎士のようで・・

そう思ったら、目の奥が熱くなった。
テオの温もりをその手に思い出す。
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