盛り合わせ

□騎士と砂の王
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煌々と、太陽の光りを浴び、片膝立ちの少年が祈りの形に天を仰ぐ。
光りの中にある彼の姿は、静かで、厳かで、きっと神から惜しみない祝福をその身に受けているに違いない。

天に選ばれし子供。

さあ、自由に、思うように翔るがいい。

それが唯一、自が生への果たすべき務め。
そして、何より、我が君主が願いでもある。

何処へ行っても、何があっても、私達は君を見守っている。
だから、駆けて行くがいい。
この世界はとてつもなく広く、そして、大きいのだから。

日焼けした褐色の肌の上を、玉のような汗が滑り落ちる。
短い黒髪に、猫のように吊り上がった灰色掛かった緑の瞳が、よく日焼けした顔をエキゾチックに見せる。
多民族の混血がなせる業か、より優れた遺伝子を受け継いで生まれた子供は、美しい顔立ちをしていた。
薄い体型には、まだ少年の未熟さがあるが、彼の全身バネのようなしなやかな動きは見る人の目を魅了する。
父親が全く働かない人間だったため、家庭は貧しく生活は苦しかった。
学校で、ボールを蹴るのが楽しかった。

7人兄弟の3番目、ルシカ・ウェルシャーは、そこに居た。

学校のクラブは、大会に出場出来るレベルでは無かった。
11人に満たないチームは、家に帰りたくない子供達ばかり。
ユニフォームどころか、Tシャツもない。
学校の制服(Yシャツ)を脱げば、どの子も裸だ。
上半身裸、靴も履かず、ボールを蹴り合う子ども達。
その中に、一際上手い子がいると、どうしても目を引いた。
噂が評判を呼び、大人のチームに呼ばれ、9歳で賭けサッカーの選手になった。
勝てば、ご褒美を貰えたし、賞金も出た。
逆に負ければ、監督やオーナーに頬をぶたれもした。
試合をするのは、いい。
一生懸命やればいいから。
でも、賭けサッカーは、負けなければいけない日もあった。
弱い相手を勝たせるため、わざと負けるのだ。
大人達は淡々とゲームをこなしていく。
毎日のように繰り返される賭けに、自分の実力とは関係のないところで頑張らなければいけない。
点を取りたい。
シュートを打ちたい。
けれど、そんな身勝手な行動は、このチームには必要ないのだ。
それが苦しくない筈は無かった。

そんな彼が、13歳のある日、サッカーのビッグクラブにスカウトされる。

彼の胸元に光る鎖は、彼が15歳の誕生日、彼の義父からプレゼントされたものだ。
試合や練習の邪魔にならないよう、とても軽い銀糸のように繊細に作られた美しい首飾り。
これを、もう6年も肌身離さず身に付けているが、実はこのネックレスが銀では無く、金で出来ている事を知ったのは、最近のこと。
シャワーの最中、鏡に映ったネックレスに金が混じっていることに気付き、摩耗した塗料を擦ってみると、中から現れたのは純金だった。
つまり、わざわざ金のネックレスに銀を塗って、ネックレスの価値を低く見せていたことになる。
どうして義父は、そんなまどろっこしい事をしたのだろうか?
15歳の少年には金の鎖は似合わないと思ったのだろうか。
確かに、そんな高価なものを付ける年齢ではない。
だったら、銀の鎖を贈ればいい話なのだが、どうやら自分の義父は、そこをケチるのを嫌がったのだろう。
それで、敢えて、金を銀に見せた。
そんな事を考えていたら、なんだか可笑しくなって、1人で笑ってしまう。
自分の本当の価値はゴールドなんだと言われてるみたいで、金に拘ったのは、ただの義父の見栄なのかも知れないけれど、嬉しくなる。

大事にしよう。

ルシカは、胸に手を当てて鎖に触れながら、一度も会った事のない義父に感謝の祈りを捧げた。

13歳の時、貧しい家庭環境下にあった自分をそこから引き上げてくれた義父。
彼の姿を見たのは、たった一度きりだ。
エージェントが本契約をしに家に来た時でさえ、姿を見せなかった。
17歳の時、国の代表に選ばれた試合。
その国賓として彼はスタジアムのVIP席に居た。
グラウンドから遠目に見た彼の姿は、親指の先で隠れる程小さかった。
スーツ姿の紳士。だが、彼が一際目立つのはその頭上の真っ白なカフィーヤだ。

本当にあの人なのだろうか、写真すら見せて貰った事がないので、確信もない。
けれど、あの席に座っている方だと教えられていたから、ルシカは恐る恐るVIP席に向って手を振ってみた。
するとすぐに、彼が手を振り返してくれたのだ。
その時の興奮は、今も忘れられない。
ずっと探し求めていた人がそこにいる。
ルシカはその時、まるで運命の相手に巡り会えたような幸せな気持ちになった。
それからは、彼に会うために頑張る毎日。
会いたい。
会って、お礼を言いたい。
一体、どんな人なんだろう。
まだ子供だった自分を見初め、多額の融資をしてくれた人がどんな人なのか知りたかった。

「ねえ、テオ、今日来るかな」
ルシカは試合前、マネージャーのテオに聞いてみた。
「『彼』?」
白い肌に青い目、焦げ茶色の癖っ毛のチーフマネージャーのテオは、日頃から外国人選手のルシカの面倒を事細かに見てくれる。
「そう」
「きっと、来るんじゃないかな・・今日は特別な試合だ。どんなに忙しくても彼はいつも君を見てるよ」
テオは少し考える素振りを見せ、何を思い出したのか苦笑する。
「なに?」
「いや、君がこの間の試合で、足を引っ掛けられただろう?あの試合を見た『彼』が酷く怒って、相手チームに抗議の電話を掛けたらしい。自分の息子になんて乱暴をしてくれるんだ!ってね。まるで親バカみたいだったらしいよ」
なんだか気恥ずかしくなって、ルシカは顔を赤らめた。
それに気付いたテオは『おや』と眉を上げ、「照れてる?」とルシカの肩を抱き寄せた。
「照れてないっ」
くっ付いて来るテオの体をルシカは肘で押しのける。
「かーわいいな。もうっ」
ニヤニヤと笑いながらテオに髪の毛をぐしゃぐしゃに掻き回され、ルシカは「ワーー!」と悲鳴を上げた。
せっかく綺麗に整えた髪型が、鳥の巣のようにボサボサになってしまう。
「もう!テオ・・!!」
テオの腕の中から逃れ、鏡の中を覗き込みながら、手櫛で髪を整えるルシカに、テオは小さく溜め息を吐いた。
「まるで恋する乙女だな」
「うっさい・・っていうか、一回も会った事ないんだぞ・・会ってみたいよ。こんな、スタジアムの上の席から見られてるより、オレの目の前に来て欲しい・・」
「親子の感動のご対面だな」
「茶化すな・・っ」
テオを睨む灰銀色の美しい瞳。
8年前、この瞳に『彼』も魅入られたのだろうか。
「会えるさ、もう、すぐに・・」
テオは、ルシカの顔を眩しそうに見つめ、それから目を閉じた。

そして、それは本当に、テオが言った通りになる。

ルシカは、試合中に負傷して戦線離脱を余儀なくされた。
体の横から強いタックルを受け、右足を捻挫(靭帯損傷)、全治3週間の怪我で、暫くは安静との診断が出た。
包帯で足をぐるぐる巻きにされたのも初めてだったし、松葉杖で歩くのも初めてだった。
運動神経だけはいい筈なのに、上手く松葉杖が使えず、結局片足でぴょんぴょん跳ねて移動していたら、それをテオに見つかって大目玉を食らった。
「ったくお前は・・!そっちの足まで捻挫したら、どうすんだ!」
「だって、トイレまでだよ?」
「一歩でも移動するなら、トイレだろうが風呂だろうが関係ない。お前は大事な『預かり物』なんだ。これ以上、体に傷を付けたら、オレの首が飛ぶ。絶対一人で動くな」
盛大に溜め息を吐いたテオが、額を手で押え、首を振って思案する。
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