超番外編

□補講します
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事件というのは唐突に起きる。

「かえでちゃん、補講頑張ってる?」

エレベーターホールで花柄の帽子を手に僕を待っていたのは姉のハナだった。

「はなちゃんも補講!?」

「ううん、今日友達と待ち合わせしてて、ついでだから本借りていこうと思って学校来たの」

「いいね〜、どっか行ってきたの?」

「これから買い物行こうと思って・・・あ」

はなちゃんの『あ』と、同時に僕の頭に何か重いものが落ちてきた。

「ナニコレ!?妹か!?」

神田木の手が僕の頭をグシャグシャと撫でる。

「もー先生〜髪ぐしゃぐしゃになるよ〜」

「どうせ寝癖バリバリやろが」

「うそ!?」

慌てて頭をなでまわしても、もう昼だ。手遅れもいいとこ。

「先生なんですか?」

はなちゃんの顔がほんのり赤い。

こういう反応はちょっと見慣れている。

たぶん、神田木はそういう部類の人間なんだ。

つまり、男らしく見た目もいいってこと。

「臨時やけどな。夏のアルバイト。しかし、かわいい格好してんな〜」

それから、僕を見て、言う。

「そっくしやな!!」

「よく言われます。でも、私が姉なんですよ」

「で、姉ちゃんも補講か?」

「いえ、ちょっと用があって来たんです」

はなちゃんがハキハキと話している。

なんとなく、居心地が悪い。

「先生僕ちょっとトイレ行ってくる」

「おぅ、メシは食ったか?」

「まだ!」

「じゃ、そこで待っとるわ」

と、後ろ向きのまま神田木が手を振る。

廊下の角を曲がりかけて、はなちゃんの声が、「私も一緒にご飯していいですか」って聞こえた。

不思議な居心地の悪さが倍増す。

こういう時、僕はどうすればいいんだろう?

僕が行かない方がいいんだろうか?

そしたら、はなちゃんは喜ぶ?

神田木はどう思うかな?

二人がつき合うことになったり?

その方が二人にとっていいこと?

ぐるぐるぐるぐる、お腹が回る。

結局、変な気も使えずに、僕はマヌケにホールへと戻った。

案の定、はなちゃんと神田木が楽しそうに話していた。

「何食べよっか?」

神田木が言うと、はなちゃんが『なんでもいいです』と答える。

普通の会話。

そこで、神田木がスルーパスを送って来る。

「カエデ、何がいい?」

「牛丼」

神田木が目を丸くする。

「そんなんでええんか・・・ま、たまにはええな。はなちゃん牛丼でいい?」

「はい。大丈夫です」

ちょっと意外な展開だった。

牛丼を女の子に勧めると思わなかっただけに・・・へー・・・って感じ。

もしかしたら、神田木は、はなちゃんをかわいいって思っても、特に好みじゃなかったのかもな。

なんとなく、そう納得して僕は牛丼に卵とキムチと何を乗せようかと考えた。

チーズも意外とおいしいし・・・悩む。

そう。僕はバカなことばっかり悩んでた。

この時だって、普通にはなちゃんを優先してあげていれば、問題は起きなかったのに。

僕はそうして、はなちゃんと対決するハメになっていった。
次の日、携帯の着信で目が覚めた。

時計を見ると朝の9時半をまわっている。

「うそ・・・」

着信は神田木からだった。

「おはようございます」

「おそい!寝てたな・・・?」

「えっ起きてましたよ?」

「バリバリ寝起きの声やろが」

なんでわかるんだ・・・恥ずかしくなる。

「先生、授業は・・・?」

「お前含めて6人しかおらんのに・・・授業になるかアホ」

「すいません・・がんばってください」

電話超しなのに、頭を下げてしまう。

神田木が『なんやそのやる気の起きん励まし』と、笑ってる。

「寝癖のままでいいから、来いな」

「はい、すいません」

電話を切って、後悔する。

ベッドにもう一度倒れ込みたい衝動を押さえて、なんとか立ち上がり、洗面所に向かった。

「休むって言えば良かった・・・」

その呟きに、「休んじゃえば?」とはなちゃんが言った。

「あ、おはよ」

「今から行っても2限目しか受けれないよ?」

「だよな・・・。でも行かないと・・・先生から電話きちゃったから」

その言葉に、はなちゃんが、へー、と振り返った。

「いいな〜、私も先生の携番欲しいな〜〜」

「ダメでしょ・・・個人情報は・・・本人から貰いなよ」

「カエデちゃんは毎日先生と会うけど、私は会えないも〜ん。聞けないじゃん?」

僕は、はなちゃんが大人の女性だということにやっと気づいたのかも知れない。

目的を持った恋心はコワい。

僕は、やむを得なく、神田木の番号を教えてしまった。

今日二つ目の後悔をしながら、僕は家を出た。

神田木は怒るだろうか?

もしかしたら、全然構わないって言うかも知れない。

神田木にしてみたら、補講の対象者じゃなきゃ、生徒ではないんだから。

先生と生徒っていう縛りは存在しないんだ。

その週末、僕はまた神田木の部屋で飲むことになった。

もちろん、補講に使うプリントのホチキス係としてだけど。

学校から山のようにプリントを刷って、紙袋に詰めた。

「なんで紙ってのはこんなに重いんや」

「先生、どうせ車までしか持たないんだから、がんばってよ」

「あ?人を年寄りみたいに・・・ん・・・」

その時、神田木の携帯が鳴った。

「なんや・・・知らん番号やな・・・」

僕は神田木に、はなちゃんに番号を教えたことを言ってなかった。

「先生」

言いかけた拍子に、ピ、と電話を切る音がした。

切っちゃったよ・・・。

「なに?」

「いや、出ないんだって思って・・・」

「出てたらキリないやろ。どうせ間違いか変な電話なんやから・・・。向こうも料金かからんほうがええやろ?」

神田木は、どうだオレは親切だろう?と威張っている。

今の電話がはなちゃんからじゃありませんように・・・。

しかし、イヤなことは大抵当たっているから人生は恐ろしい。

はなちゃんは、学校の前から神田木に電話していた。

僕らはとりあえず、ファミレスに入った。

「そっか〜、ごめんな〜。はなちゃんの番号やったんやな〜」

二人して並んで、すんごい笑顔。

「そうなんです。カエデちゃんにもらっちゃったの。先生登録しといてね」

「おーけーおーけー」

神田木がチャッチャと携帯を操作する。

と、僕の携帯が震えだした。

メール受信
神田木総一

と出て、僕は噴き出しそうになった。

はなちゃんの携番を登録してんのかと思ったら、僕にメール打ってるし!

二人の視線から隠れたい。

メールを見ると、

『コロスゾ!』

とだけ。

笑いたいのを堪えて、僕もメールを打った。

『すみません。姉が怖くて、つい』

神田木はそれを読んで、そっぽを向いた。

なんとなく肩が震えてる。

「先生、ご飯っていつもこんなんですか?」

目の前に並べられた、ハンバーグとか唐揚げとか定番のメニュー。

「そやな〜・・こんな感じかな〜。一人分って作るのめんどうでな」

「だったら、今度作って来ますよ!」

「えー、はなちゃんええ子やな〜、じゃ今度頼むな」

すっかり付き合い始めみたいな会話。

とりあえず、僕は神田木の冷たい視線から逃れ、カツ丼を食べた。

カツ丼を食べ終わるまで、僕は神田木にずっと睨まれていた。

大人の怒り方って怖いね。

「カエデ!!」

神田木は部屋に入ると僕に正座を命じ、自分は右に左に行っては戻りを繰り返す。

「先生・・・ごめんってば・・・」

「お前は・・・本当にお子ちゃまやなっオレが怒ってるってわかるか!?」

そりゃわかるけど。見たまんま。

と、言いたいのを堪えて、『すんませんでした』と頭を下げた。

「オマエは・・・!そうやってかわいく謝れば許して貰えると思って!!」

なんかすんごい怒ってる。

想像以上に真剣に怒ってるみたいだった。

やばいな・・・こりゃ一発くらい殴られるかもな・・・個人情報ってのは大事だな。

責任重大だったんだな。

「オマエは・・・本当に・・・!!、わかってねえよ!!」

神田木は冷蔵庫からビールを取ってくると僕の目の前のテーブルに座って飲み出した。

めちゃめちゃ近い。

飲みながら、すごい睨んで来る。

ガンつけるってこういうのかな・・・?

ちょっと笑いそうになって、唇を噛んだ。

「カエデ」

神田木に呼ばれる。

「はい」

神田木が、また一口飲む。

神田木が下を向いたまま僕を呼んだ。

「カエデ」

「はい」
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