超番外編

□補講します
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とにかく、 暑い夏の始まりだった。

学校の下のコンビニで買った、たいして旨くもないタ●ーズの缶のボトルだけが、ここでの癒し。

僕の通ってる専門学校は、出来立てホヤホヤの新設校で、どうもカリキュラムにムリがある。

高い授業料、分厚い教科書、おじいちゃん先生の90分授業。

すこぶるよく眠くなる。

おかげでテストの点はいいわけない。

「かえでちゃん」

廊下で、呼ばれて振り返った。

「はなちゃん」

はなちゃんは、ニコっと笑って抱えた教科書の隙間から、ちょっとだけバイバイをした。

はなちゃんは。

僕のおねえちゃんだ。

2年前、他の学校に通っていたけれど、面白くなくなって、今、僕と同じ学校に通っている。

学年は一個下、歳は3つ上。

ちょっとたれ目で、花柄のワンピースが似合う。

フワフワって感じ。

それが、大人になって、いいのか悪いのか・・・。

僕はいつも考える。

はなちゃんが誘拐されませんように・・・、と。

教室に入ると、補講のプリントに皆が群がっていた。

「カエデ、お前トップの5つみたいよ」

5教科も赤点・・・。泣きたくなる。

「夏休み・・・ある?」

「・・・たぶん・・・5日くらいは・・」

プリントに塗りつぶされた日付が恨めしい以上に悲しい。

同じように補講に泣く友達に肩を叩かれた。

「そういや、さっきハナちゃん見たけど、今日もかわいかった。・・・よく似てるよな〜お前ら」

「よく言われる」

20年言われ続けたことだけど。

男として、いいのか、悪いのか・・・。

誘拐されませんように・・。
夏休み前に、『ロッカー、一掃令』が出て、寝かしていた教科書を全て持ち帰らなければならなかった。
(この時点で赤点なのはムリもない)

どう考えても、紙袋でどうにかなる教科書の重さじゃない。

加えて、配られたプリントとかなんかすごい量がパラパラと落ちてくる。

「お前それ、宅急便で送った方がいいんじゃねえの」

あまりの教科書の数に、本気で友達が心配してくれる。

「ヤだ・・・。絶対金かけたくないっ!それでなくても再試で金いるのに・・・」

「ガンバれカエデ。上腕を鍛えるいい機会だな」

爽やかな笑顔で帰っていく友人達。いや、本当に帰るの早い。

泣けてくる。

とりあえず、事務室でビニール紐を貸してもらって、縛ることにした。

まるで廃品回収に出すジ●ンプみたいなのが2つも出来た。

しかし重い!!!

指の関節が増えそうな重さだ。

エレベーターの前まで行って一旦荷物を下ろそうとしたら、『おいっ』と、いきなり後ろから肩を掴まれた。

「お前、何年や!?」

首からは講師の名札が下がった、20代か30代か、スラっとした男がマジ顔で僕の肩を掴んでる。

見たことない講師だった。

「2年です」

「学校やめんのか!?」

「え」

講師は僕の足元の教科書を指差した。

「捨てる気か!?」

「あー、捨てません」

「本当か!?捨てるんやったら、オレによこせ!」

僕は笑顔で、どんなんだよって突っ込んだ。

そこで、エレベーターの扉が開いた。
「んだよ・・捨てんやったら、オレが貰おうと・・・学校から借りたヤツボロいし・・・」

結局、一個(一束)持ってくれる。少し関西チック。

「先生、後期からくんの?」

「ちゃう、補講だけ。お前、補講あんのか?」

「・・・・5個あります」

「5コマか?」

「・・・・5教科・・・・」

「おぅ、みっちり教えたるわ」

ニカニカと笑って僕の背中を叩いた。

「あ、じゃ、先生ありがとうございました」

エレベーターを降りようとして、荷物を引っ張られた。

「飯食いにつきあえ!一個持ってやるから」

僕は、フと、はなちゃんを思い出す。

僕は男で良かった。

大人の男は誘拐されないから。

「焼肉でお願いします」

「お前、奢られる気満々やな」

筋肉の締まった、力の強そうな腕が煙草をだす。

サっと煙草を咥えて、荷物を持ち直すと、地下の駐車場にエレベーターが着いた。

講師はサッサと自分の車に歩いて、リモコンで鍵を開け、僕の荷物を積み込む。

名も知らぬ男の車に乗る。

そんなフレーズに少し寒気を覚える。

名札をチラと見る。

神田木総一、とあった。

でも、だからってどうってこともない。

「何笑って・・・なんかおかしいか?」

「女にモテソウな車ですね〜」

「ハハハそうやろ〜?外車っちゅうだけでもな!ま、弟からのお下がりやけどな」

その一言になんとなく、食いつけない、軽々しく言えないような事情とか家のこととかを想像して僕は黙ってしまった。



地下から出ると、外は灼熱。

「やきにく〜やきにく〜」

講師、神田木は楽しそうに歌っている。

前の信号が赤に変わって、車がスピードを落としていく。

完全に車が停車してから神田木が僕に聞いた。

「お前そういや名前は?」

この質問を聞くと、なんとなく緊張する。

どうしてだかわからない。

何か問い詰められているような気分にもなる。

でも、もしかすると、自分の名前を口にすることがあまり無いせいだろうか?

「藤間 楓(フジマ カエデ)です」

その瞬間、空気が変わる。

神田木からヤワラカイ空気が流れる。

「カエデちゃんか・・・」

夏休みに入った。

頭が痛くなりそうな日差しと暑さ。

教壇では、神田木がちょっとした自己紹介中。

四国の出身だとか、歳は29だとか、全部昨日聞いた情報だ。

窓から2列目の僕は隣のヤツにブラインドを下ろして貰いたいけど、言えないって状況。

補講はクラスごちゃまぜでやるから、知らない人間にものは頼みづらい。

「おい、それ下ろせよ」

神田木が僕の横に立ってた。

ブラインドを下ろせと窓際のヤツに指差す。

「今日はめちゃくちゃ暑いからなー、家の中でも熱中症になるってから水分気つけろよー」

顔を上げた僕と目は合わせずに、神田木は教科書に視線を落とした。

先生と仲良しになることはちょっと得だ。

授業は一応午前中だけ。

3時間の拷問に耐えて教室を出ると、

「カエデ」

事務室から出てきた神田木に捕まった。

「もう帰んのかー、授業どうだった?わかったか?」

「んーぼちぼち・・・」

「ぼちぼちかよっお前本当に教科書読めよ・・・!あれ一回も開いてねえだろ」

「読んでますっ読んだことありますよっ」

神田木に首根っこを掴まれて、僕は猫みたいに持ち上げられそうになった。

「お前どうせ毎日学校で、午後だって暇やろ。ちょっとオレ手伝え」

「えーーー」

がっちりと肩を組まれて、ボソリと神田木がつぶやく。

「荷物持ってやったやろ」

「う・・・」

「焼肉旨かったよな」

「・・・はい」

「よし!いい子やな〜冷コー買ったろ」

神田木がポケットから小銭を出す。

僕の夏休みは神田木によってさらに縮小されていった。

神田木の姿勢のいい背中を見ながら、僕は夏をあきらめた。






「先生、車どうすんの」

「んー?あほ、外で先生言うな」

ラーメンを食べて、神田木がビールが飲みたいと言い出した。

「なんで?」

「生徒を連れまわしてるみたいやろ」

「つれまわしてるじゃん・・・普通に」

午後のお手伝いも終えてもう夕方。

それでもまだ空は全然明るい。

「しゃあねえな。家で飲むか・・・。ビール買いいこ。カエデも飲むか?」

「第三のビールじゃないなら・・・」

神田木が噴出す。

「お前・・おもろいな〜」

「先生の方がおもしろいよ」

「アホ、オレが本当に面白くなんのは飲んでからや」





神田木の部屋に着いて驚いた。

講師のわりに軽いノリ、外見も少し不真面目そうなサラリーマン風。

ただ頭がちょっと良くて、勉強なんて殆どしなくてもわかっちゃうような雰囲気に想像してた。

神田木の部屋は、小さめのリビング、の奥に引き戸で繋がった自室。

その壁一面の本棚が、真ん中に置かれたソファと机を覆うように囲んでいた。

「先生・・・これ全部読んだの?」

「あー、全部じゃねえな・・・。ところどころ読んだり・・・読まんかったり・・・」

ビールを片手に神田木が本をとる。

「これなんか、序章読んで・・・後半の20ページくらいしか読んでねえな」

「飾りか・・・」

「アホ飾りやったらもっと安い本買うわ!」

僕はその本で叩かれそうになって、慌てて頭を両手で押さえたら、『あほ』と、代わりに、お尻を蹴られた。

「先生痛いってばー」

神田木といるとおかしくて仕方がない。

それから、確かに神田木の飲んでからの武勇伝は面白かった。

学生時代にやんちゃして、雀荘で金が無くなり、チンピラと一悶着して、結局トイレから逃げたとか、

好きだった人の部屋に飲んだ勢いで上がりこんだら、さっきまで一緒に飲んでた友達が先に来てて、ケンカになったとか、

僕にとっては未知な話ばかりだった。

「取り合う程好きになったことなんか・・・ないなぁ」

「カエデはまだガキやからな〜」

バカにしたように言いながら神田木がテーブルの脇に寝転がった。

「付き合ったことはあるんだけど・・・なんか、よくわかんないうちに別れてた」

神田木はちょっと黙ってから、『それであってる』、と、言った。

「女のことはわからない。それが正解。わかってるつもりの方が、ちょっとおかしいと思うで」

「じゃあ・・・わかんなくていいってこと・・・?」

「そ」

この時、神田木と居て、今までで一番大人に見えた。
あと、9年して、僕もこんな風に大人になってるんだろうか?

あと9年に、どれだけの事が起こるんだろう?

いろんな事があって、それで、神田木がある。

僕にもいろんな事が起きるだろうか?

ビールを飲めるようになっても、朝帰りをしても、僕はまだ何か頼りない。

大人の大きさなのに、まだ何か背負うものを嫌ってる。

出来ない事はやりたくない。

知らない事には知らないでいたい。

面倒な事はやりたくない。

僕は、自分が本当にガキっぽく感じた。

やっと大人になったと思ったのに、違う意味で老けるとかそういうんじゃなくて、大人が羨ましくなった。

それは、たぶん生きてるっていう自信。

堂々としてるってこと。

神田木はいつの間にか目を閉じていた。

僕は僕の良識にのっとって。

エアコンを弱くして、神田木の寝室からタオルケットを取ってきて神田木に掛けてあげた。

もちろん、僕が神田木のベッドを使っては、朝が怖いので、またリビングに戻って雑魚寝した。

テーブルを挟んで、神田木がスースーと気持ちよさそうに寝息をたてていた。

僕はお酒を飲むといろいろ考え込んでしまうのかも知れない。

目を閉じても、神田木が『わからなくて正解』と言った台詞が頭の中で回転してた。

それは、甘え。

僕にとっての『許し』だった。
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