盛り合わせ

□ひと夏の経験
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いわゆる、物心をついた頃。
多分それは、いつもと何の変わりもない、普通の日常。
幼稚園の紺色のブレザーの園服に、茶色と緑のチェック柄のリュックを背負い、いつものように自分を迎えに来てくれたシロに向って、ダッシュで駆け寄り、力一杯その胸に飛びつく。
シロはそんな自分を中腰になって抱き止めると、片腕にヒョイと抱き上げて、自分とシロを同じ目線にしてくれた。

『おかえんなさい』

シロの顔を目の前にして、僕はシロの顔を両手で挟むと、シロのほっぺたに『大好き』のキスをした。

『ねえ、シロ、僕、ねえ』

自分の中でほんわかと芽生えた無邪気な気持ち。

『大きくなったら、シロとケッコンするね!』

そう口にした時の、シロの呆気に取られた顔を今でも鮮明に覚えている。
その後、自分が成長するにつけ、世間一般的には、それが有り得ない感情なのだと自覚したーーー蘇芳 義景、齢14の年。

自分は窮地に追詰められていた。
「蘇芳くん、スキ」
14歳の夏、ともなれば、色恋に目覚めた少年少女が、自分なりに見出した淡い恋心に右往左往しながらも、その想いに何かしらの終止符(なまえ)を付けるため、羞恥に身を焦がしながらも行動する青春真っ盛り。
そんな普通の淡くて痛々しい『初恋物語』が、自分のような男にも巡ってくるとは、ヤの付く稼業の家に生まれた義景も思ってもみなかった。
「あのさ、お前、わかってんの?オレんちの事」
終業式の日、お決まりの校舎裏に呼び出された義景は、クラスでも美人と誉れ高いロングヘアーの似合う奥井ナナに迫られていた。
14歳になった義景は、全体的に体にまだ細さはあるが、徐々に男らしい骨格に育ち、身長も170cmを超えた。
父親譲りのキツい眦、時々二重になる三白眼。
アシメントリーにセットされた左側だけ耳が隠れるくらい長い前髪は、義景ファンの美容師が自分好みにカットしたものだ。
『これで右耳にピアスを空ければ、更に大人っぽい色気が出るのに』と、子どもの頃から知っている美容師は、自分の手で右にも左にも変わる義景の成長を楽しんでいる節がある。
確かに、それだけのテクニックがあった。彼の手に掛かれば、清楚にも可憐にも変わる。逆に言えば、極悪にもチンピラにも変幻自在だ。
だが、そんな彼の技巧だけでは出し尽くせないものが、義景からは滲み出ている、と言う。
それが自分の体に流れる血が為せる業なのか、目線一つ取っても、義景からはどこか危険な匂いがしているらしい。

奥井に告白されたのは、同じクラスになって、ひと月もした頃だった。
それも、ラブレターを義景の下駄箱にしたためるという、今時古風なやり方で。
それだけに、ちょっと『引き』もしたが、逆に目立った。
大概は、スマートフォンのアプリ内に控えめに『好きです』と小さな文字で表示されるくらいだ。
本人の意志に関係なく、小さな噴き出しは、あっという間に視界を通り過ぎる。
次から次へとスクロールする画面。
探さない限り、もう二度と見つけられない。
何でもない会話の中へと、一世一代の告白も消えてしまう。
告るのも簡単なら、無視するのも簡単だ。
勝手に向こうが言ってくるものに、返事をする、しないも、こっちの勝手だろう。
それだけに、奥井ナナのラブレターは目を引いた。
いや、もし自分も告白するとしたら、こんな風に一生残るやり方がいいと感心したのだ。
「知ってるよ?ヤクザなんでしょ?でも、それとナナが蘇芳くんを好きなのと関係ある?」
なかなか肝が据わった女だ。というより、恋に夢を見過ぎて、現実を理解していないのかも知れない。
もし、自分と付き合う事になったら、そういう輩が自分に近寄って来るとは思わないのだろうか。
軽い気持ちで体を誰かに犯されたりするとは、思わないのかも知れない。
オレの回りに居るのは、暇だからセックスするような奴らだ。
女をマワす事なんて日常茶飯事。毎日でもヤりたいと、鴨を探して怪しい飴玉を持ち歩いている。
捕まえた女が初めてだろうが、なんだろうが、きっかけさえあればヤリたい放題。
つまり、いい女を見つけたらマワすのが普通で、本気で女に入れあげるような奴は馬鹿にされる。
そんな世界に、自ら踏み込もうとはーーーどんな世間知らずか、怖い物知らずか。
奥井ナナは、そんな義景の気持ちなど知らず、キスを求めて義景の体にすり寄ってくる。
ふわりと花が薫るような匂いが義景の鼻先を掠め、薄く瞳を閉じたナナの綺麗な顔立ちが少しずつ近づいて来る。
これがーーーシロだったら・・
一瞬、頭にそう浮かんだら、もうダメだったーーーー
目の前のナナに、義景は眉間に深い皺を刻み、口元を強く食いしばった。
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