盛り合わせ

□白薔薇を唇に2
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青磁のコーヒーカップに、ドリップしたコーヒーを半分。
そこへ、冷蔵庫から出した牛乳パックを開け、カップの8分目までそれを注ぐ。
カップの中心に、一筋のミルクが真っすぐに吸い込まれ、黒と白の二つの色が混じり合うと、香ばしい匂いも一緒にやさしい色に変わる。
「砂糖は入れますか?」
「うん」
矢島の煎れたコーヒーをブッラクで飲めなかったオレに、矢島がオレ用に、一手間掛けてくれる。

その一手間が、ちょっと嬉しい。

オレには、一服をつく、とか、お茶を飲む、とかいう習慣が無いだけに、この時間は、なんだか落ち着かなくて、そわそわしてしまう。
矢島と二人っきりで、お行儀良くソファーに並んで座り、矢島が煎れてくれたカフェオレを飲む。
この時間は、きっと矢島にとって大切なんだ。
だって、わざわざコーヒーを飲むためだけにマンションに帰って来るなんて、有り得ない。
きっと、荒んだ仕事が多いから、ここで一息吐く事が精神的に大事な事なんだと思う。
本当は一人になりたいんじゃないかと思うけど、必ず、オレを誘ってくれるのは、矢島が優しいからだ。
いつも仕事で忙しいから、少しでも、オレを構ってくれようとお茶に誘ってくれるんだ。

すぐ隣の矢島に視線を向けると、矢島もオレを見てたみたいで、すぐ目が合った。
ちょっと恥ずかしくて、照れて笑うと、矢島の大きな手に頭を撫でられた。
「矢島」
「はい」
「コーヒー、美味しい?」
「美味しいですよ」
「そっか」
そんな、ほんわかする二人のティータイム。



ーーーーそんな、癒しのひと時の裏側で。
蘭の実家である玖柳組のシマ内で、凄絶な争い事が起こっているとは、蘭は1ミリも気づいてはいなかった。

全く、この数日中に起きたシマ争いは、ドンパチやる程では無いが、組系列の店を荒らされたり、ヤクの取引場に使われたり、そのせいで麻トリに目を付けられたりと、日々、油断も隙もあったもんじゃない。

それというのも、蘭を拉致しようとしたチンピラを締め上げたのが、そもそもの始まりだった。
たった数人で荒稼ぎしていた金は、上納金としては十分過ぎる額だった。
それを当てにしていた、奴らの上の人間。つまり本筋、極道者が因縁をつけてきた訳だ。
が、ケジメをつけるなら、まず、こっちが先だ。
蘭が玖柳組の組長の息子と知らずとは言え、危険な目に合わせたのだから、その罪は万死に値する程、重い。
それがわかっているからか、奴らは正面切って文句を付ける訳でもなく、こそこそと、うちのシマ内で揉め事を起こしている・・という訳だ。

今日もこうして矢島が蘭の傍にいるのは、蘭が通う学校の男子生徒が暴行を受けたという知らせが入ったからに他ならない。
子ども同士のケンカなら気にも留めない情報だが、その暴行というのが、車に乗せられて2時間程連れ回された後、人気のない空き地に生まれたままの姿で放り出された、というのだから、それを聞いた矢島は居ても立っても居られず、蘭のいるマンションへ急いで戻って来た、という訳だ。
警察からの情報では、保護された少年の意識はおぼろげで、酩酊状態、記憶も曖昧で、事件自体の把握も難しそうだという。
被害者が居なければ、加害者も存在しない。事件とはそういうものなのだ。
だが、少年の格好を見れば、一目瞭然だ。
彼は、クスリを使われ、裸でなければ出来ない暴行を受けた、に違いなかった。
つまり、あのチンピラ共の強姦ビデオ商法は、しっかりと後任の人間に引き継がれ、しかも、襲われた少年の背格好や髪型から察するに、復讐のためだろう、蘭を次のターゲットに選び、探しているらしい事がわかる。



全く、腸が煮えくり返る。



そんな腹の内を微塵も感じさせず、矢島は穏やかな目で蘭を見つめ、蘭の髪を柔らかく撫で回した。
「おかわりしますか?」
「うん。あ、じゃあ、今度はオレが矢島のコーヒー煎れるよ」
そう言って、カップをトレーに乗せて、元気に立ち上がった蘭に、矢島がにっこり笑って「じゃあお願いします」と付いて来る。
「な、なんで一緒に来るんだよ・・」
「坊ちゃんが火傷しないように見張るだけですよ。熱かったら、ちゃんと言って下さいよ?火傷は小さくても、温度によっては痕が残りますからね」
「・・!し、しねえよっ火傷なんか・・っ」
そう言って蘭が顔を真っ赤にしながら、矢島のカップに、さっき矢島がしていたようにドリップしたコーヒーを注いでいく。
「ほーら、ちゃんと・・出来たじゃん!」
そう嬉しそうに笑う蘭が可愛くて、コーヒーよりも、蘭の唇が欲しくなる。
「じゃあご褒美あげないとですね」
そう言って、矢島が顔を近づけると、蘭は一瞬驚いて、顔を俯かせてしまう。
「坊ちゃん・・嫌がらせですか?」
「そ、そっちだろ!こ、こんなとこで・・、オレ、絶対シないからな・・!!」
「ああ・・。ご褒美って言ったから、アッチだと勘違いしたんですね。違いますよ。キスだけです」
そう言われて、蘭は困惑した表情を恐る恐る上げる。

なぜ、蘭が、これ程臆病になるのか。
それは、二人の間で、矢島が蘭に与える『ご褒美』と言えば、夜の情事の事だからだった。
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