超番外編

□言葉で
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言葉があるのに。




人は、言葉があるのに、使わない。

伝えたい事があるのに、伝わらない。

伝える言葉が見つからない。

言葉が、使えない。




話せるのに。
遠い。
何かがすれ違ってる。
それを修復できない。

言葉が出ない。



胸にある気持ちが喉を通る。
そこで想いが削げて、落ちて、音が軽い。

本当の気持ちはいつも胸に。

あなたには涙でしか答えられない。

さよなら。






『さよなら、シノノメさん』




やっとで、書けた言葉はそれだけだった。








「お前、バカじゃねえの?」

両目からボタボタと涙を流しながらオレは振り返る。

そこには、もう30を越したオッサンが真っ赤なタンクトップ
着てオレの手元を後ろから覗き込んでた。

髪はボサボサ。

膝丈のジーンズ(ビンテージもどき)、薬指に指輪のイレズミ。

その濃い蒼のワッカに細かく彫られた名前はラン。











あれから3年が経ち。


オレ達は相変わらず、家族だ。







オレ(セイショウ)は、結局、高校を卒業した後、ランの店に就職
しなかった。

オレはもっと使える男になるべく料理の専門学校へ入り、今はその2年生だ。

「半年だぞ・・・?半年も、あの人が、一人でオレを待っててくれる訳ない・・」

言いながら、涙が溢れてくる。

「ハイハイ。いっそのこと、連れて行けよ。どーせ、あのヤローはアキタんとこ
で、ろくでもねえ新人の育成してるだけだろ」

「シノノメさんは、ヤクザじゃねえよ!!あの人は真面目に金融業やってるよ!!」

オレは強く否定すべく机を叩いた。

「金融屋なんて、皆ヤクザだろーが」

ゲンはオレの書きかけの手紙をひったくり、踵を返す。

「あっちょ、ソレ!!」

涙を拭きながら、慌てて追っかけたけど、遅かった。

ソファにいたランにゲンがその紙を差し出す。

「見るなってば・・・!!!」

たった一行、しかも数文字しか書いてない手紙はあっという間に解読。

慌てて取り戻しても、真っ赤な目が全てを物語ってしまう。

「セイショウ・・・よく、決心したな・・!!これでオレも安心してお前を
送り出せるぞ〜!」

ランの残酷な笑顔。

「ラン〜〜〜〜っひでぇ・・ひでぇよ・・!二人してっ二人してっオレが
こんなに悩んでんのに!!」

それにゲンが噴出した。

「たった半年だぜ?お前って、んな自分に自信ねえのか?」



自信?

自信なんてどこにも無い。

いつだって、振り回されてばっかで。

あの人は、自分の中にオレを入れてくれたようで、実際は中で触らしもくれないんだ。

隙間があっても、遠くからそれを眺めてろってあの人は言うんだ。

真っ暗なモノに自ら首を突っ込むなって。

オレに触るなって。

オレはそんなの怖くないって言っても、あの人は笑うだけ。

オレの価値はそこまで。

本当に大事な所までは、近づけさせてなんて貰えない。

・・・ペット。

かわいがりたいだけの存在なんだ。






だから。

この3年・・・オレは一度も好きだって言ってもらえてなかった。








来月から、オレは半年間ヨーロッパで修行する。

これはカリキュラムの一部じゃない。オレの通う学校の講師に来てた先生が
オレを推薦してくれたんだ。

卒業は遅くなるけど、一流の味を、自分の地元で覚えてくるように、と。

自分の友人の店を2軒程ピックアップしてくれて、そこを3ヶ月ずつ廻る。







『で、いつ帰る?』

嬉しくて、思わず電話したシノノメさんの声は、静かなものだった。

「・・・は、半年後」

『そうか。長いな』

「うん」

誰も居ない踊り場で、オレは落ち着かなくなる。

ほんの数歩分のスペースでオレはウロウロして、次の言葉がつげないでいた。

『頑張って来いよ。餞別に万年筆の形の銃をやるよ』

「い、イラナイよ!!あぶねっんなの持ってるほうがあぶねえよ・・っ」

耳の奥でシノノメさんの笑い声がして、じゃあなって電話は切れた。


いつもみたいなカラカイの口調だった。

でも、『長いな』ってセリフが胸を突く。

長い。
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