本編2

□真夏の熱。
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『ネッチューショー・・・?』






9月になっても気温は30度を超え、暑さに体調を崩す生徒で、保健室のベッドは連日満杯。
ベッドを占領してるのは、もちろん弱い奴からやられていくから、どっちかっつーと文科系の奴のが多い。
だからって体育会系の奴らが全然大丈夫かっていうと、そんなことない。
事実、どっかのガッコじゃ死人も出てる。
暑さにヤバイ、と思っても戦線離脱するには、なかなか の勇気が必要で、灼熱のグラウンドから出ようとする奴は誰もいない。
普通に真夏の暑さなのに、練習はスタミナアップコース(つまり、めちゃくちゃ走らされる)。
炎天下のグラウンドには日陰なんて存在しない。
ただただ灼熱の太陽に撃たれて、体中に焼き焦げを作る。
校舎の反対側にいる野球部のキャップが本気でちょっと羨ましくなる。
気持ちいい程の晴れの天気で、個人的には青い空も大好きだ。
でも、たまには雲の一つでも出て来いよ!と、愚痴りたくなるスカッパレだ。
だって狂気の暑さだもん。

「お前」
腕を掴まれて、顔を上げると、雨でも降ったみたいに汗だくのワタヌキの顔。
汗で染みるのか、しかめた目でオレを睨んでくる。
ドンだ。
ヤクザのドン(首領)の顔だ。
体力の消耗し切った頭で、(オレ、何やったっけ?)と考える 。
「大丈夫か?」
あ、心配してくれてたんだ
「はい」
とだけ答えて、セットプレーの練習の列に並ぶ。
と、一連の流れの練習の後 (10分後)、またワタヌキがオレの肩を掴んだ。
ビクッとオレは肩を浮かせて、無言の重圧の中ゆっくり振り返ると、 ワタヌキの日焼けした顔が心なしか薄く見える。


なんなんだろ・・?
何で無言なんだろ?

薄く開いた唇が微かに震えてる。
周りの奴らがチラチラと、こっちを見てる。
「あ! ありがとうございます!」
オレは出来るだけ周りの奴らに聞こえるように、声を出した。
「オレ、靴ヒモ、切れちゃって!え、予備センパイ持ってんデスか、いいんスか? じゃ、お願いします」
オレはワタヌキの腕をとって前を歩いた。
ワタヌキは何も言わない。
それが、オレの出した答えは正解だと告げている!
とにかく部室を目指して、練習の邪魔になんないようにグラウンドの端に出て歩いた。
その間にも、オレは、ヤベー靴ヒモ切れた〜って、言いながら歩いた。
皆が、『キャプテン、モリヤに甘いっすよ〜っ』とか、ぼやいてる中をすりぬける。


でも、オレの頭の中ではそれどころじゃない。
ネッチュウショウって死ぬんだよな!?
センパイまずいよ!!
部室まであと20mがもどかしい。
自分もだいぶギリギリの体力だけど、ワタヌキをおんぶして走りたいくらいだった。

なんで、さっき気づかなかったんだよ・・・!
確かに顔色悪かったよ。日焼けしてるからわかりづらいけど!
「ナギ」
「ハイ!」
振り替えると、ワタヌキが少し笑ってる。

こんな時にそんな嬉しそうな顔すんじゃねえよっ

オレはワタヌキの腕を強く掴みなおした。
私立だけあって、部室は結構キレイだ。
イタズラ書きとか何重にも埋められてるのが薄っすらと見えるけど。
誰かがケリいれた靴のあとがついたドアを開けて、ワタヌキをベンチに寝かせる。
急いで窓を全開にして、温まった部室の恐ろしい匂いを追い出す。
「マジどうしたんだよっ」
ワタヌキがヘロっと笑って答える。
「オレもまさか・・・こんなんなるとは・・・」
オレはタオルを何枚か集めて、外の水道でビッショビッショに濡らした。
ついでに自分も頭から水を被る。
この辺の水道は地下水らしく、夏でも冷たい水が出るのが救いだ。
タオルを絞らずに部室に持って帰って、センパイの頭と体に乗せた。
「わー・・・すげー気持ちいい・・・」
「生きてますね」
「ちょっとギリっぽかったけどな・・・」
ワタヌキの自嘲が、ヤバさを感じさせて、少し怖くなる。
「言えばいいのに・・・」

いや、言えるわけない。
自分の体調管理出来てないって言われるだけだ。
キャプテンがそれじゃ、ヤバイもんな。


誰かが持って来てたウチワでワタヌキを思いっきり扇いだ。
もし。
今日オレが居なかったら?
センパイは誰にも言えないで、もしかしたら・・・ぶっ倒れて、救急車?
もし、それも限界超えてたら?
そうだよ・・・ぶっ倒れるなんて、それなりに体力ある人間の限界の限界超えてるってことじゃん・・!
もし、オレが居なかったら・・・そうだ・・・アキタさんは?


「センパイ、アキタ先輩は・・・?」
「補習行った。」

あのヤロー!!
信じらんねー!!
なんで、いっつも側にいるくせに、こんな大事な時に・・・!!

自分の思考回路がイカれてるってすぐ気づいたけど、目の前にぶっ倒れてるワタヌキ見てると、どうしても怒りがおさまらなかった。
「昨日な」
ワタヌキが自分の顔に乗せてあったタオルをめくってオレの方を見た。
「夜10時くらいに」
「うん」
「アキタが急に来たんだ」
「へー」
それから、ワタヌキは少し起き上がってポカリを少し飲んだ。
頭にまたタオルをかけ直して、また横になる。
「で、話してるうちに・・・あいつ。W大行くって言い出して」
「へー」
そこで、またワタヌキはこっちを見る。
「へーじゃねえよ・・。イズミサワ先輩んとこ行くって言ったんだぞ」
「いいじゃん。別に。アキタ先輩が学力的に入れるかどうかはオレ知んないッスけど」
「お前、わかってない。アキタはな・・・夜這いに行くって言ったんだよ。大学の寮に」
そこでオレの手から、ウチワをぶっ千切りに動かしてた力が抜けた。
ウチワはすっ飛んで、ワタヌキの足にカンッとぶつかった。
「イッ!!」
ワタヌキが痛みにビクっと体を起こした。
「あっスイマセン・・・で?」
オレはウチワを拾って、またワタヌキを扇いだ。
「・・・オレも別に止めなかった。」
数秒、オレがウチワを扇ぐ音だけが部室に響く。
話の続きはないのか・・・?と、タオルでもまた濡らしに行こうかと立ち上がると、
「アキタが、やらなくて後悔するより、やって後悔した方がいいって言って・・」

なんかソレチガウ。

って思ったけど、もっと別のオチが待ってそうで、オレはセンパイの脇に立って話を待った。
「で、オレ、なんか寝らんなくなって・・・」

まさか

「1時回っても、全然寝れなくて」

まさかだろ・・・アンタ・・・

「ナギんちまで走ってっちゃったんだ。一応チャリでだけど」
「アホか!何キロあると思ってんだよ・・・!」

いや、待て、オカシイだろ
じゃあなんでオレを起こさなかったんだ?
家までチャリ飛ばして来たくせに?


「で、着いたら。イズミサワ先輩から電話かかってきてな。慌てて、ナギんちのベランダから降りて」

もう這い上がってたんじゃねえか!


「電話出たら、説教だよ。キャプテンとしてアキタの行動に疑問を抱けって・・・」


それは、オレでも思うよ・・センパイ


「もう、そっから30分くらい説教されて、で、新聞配達とか始まっちゃうし・・・オレもバカだったなって気づいて帰ったんだけど」
「ウチの前でそんなことしてたのかよ・・・」
「でも、今日マジでダメで・・・あんなガラス一枚向こう側まで行ったのに、何にもできなかったってのがもう。結局朝まで寝れなかったし」


それもチガウだろ


「で、一日なんかオレ熱っぽくて、今日もすげえ暑いし余計なんかオカシクなってて」
ワタヌキがオレに手を伸ばしてくる。
オレも話聞いてただけで、自分の身にそんな危険が迫っていたかと思うと、吹き出しそうになるのと同時に心臓が痛かった。
「バカだよ」
「あの電話さえなけりゃよ・・」
引き寄せられて、センパイの上で抱きしめられて、キスする。
唇が触れて、すぐ舌を入れたくなる衝動を押さえて、センパイの顔を見下ろす。
熱に浮かされた目だ。
うつろで、うろんげで、今ならどんな事でも言うことを聞かせられそうなぐらい弱ってる。
もう一回、唇を合わせて、軽く開けた唇の間から今度は舌を滑り込ませる。
一瞬、侵入者に驚いた舌だったが、ゆっくりと絡みついてきた。
さっき飲んだポカリのせいか、少し冷たいセンパイの舌にドキリとした。
それから、すぐ顔を上げた。
こんなところで、これ以上何もできるわけがない。
「そんだけ?」
ワタヌキが不満そうな声をあげる。
「ムリだから」
舌打ちするワタヌキの体に掛けてあったタオルを取って、部室の外の水道に、またタオルを濡らしに行く。
いつもだったら、オレの言うことなんか聞かない、それが舌打ちだけ。
そのダメージの深さにも、自分がしてやれることがない事にもイライラした。
冷たい水をジャージャー頭から被って、頭を冷やした。
顔の水を袖で拭いて、唇が布に触れた感触に、一瞬動きが止まる。
一度したキスの感触が何度でもリアルに蘇って来て、誘惑する。


もっとシたいって
もう一回シたいって
コレって、マジ、シャレになんねえかも・・・一日悶々として過ごすって・・・絶対体力いる・・・


オレはもう一回、水道の水を頭から被る。
冷たすぎる水が自分を責めるみたいだった。
その時、水が流れる音の間から呑気な声が聞こえてきた。
「気持ち良さそうじゃーん」
顔を上げると、ワタヌキの体調不良の元凶、アキタさんだった。
「今日の暑さ、ハンパねーもんな〜!オレも水被ってから練習行くべー!じゃな!」
と、アキタさんはオレの背中をバシッと叩いて部室に入って行った。


アキタさん・・・。
超。
超スッキリさわやかな感じだった・・・。


そこでオレは、ワタヌキが寝れないってもぞもぞしてた時間からイズミサワ先輩が電話してきた時間とのタイムラグを考えてしまった。

思春期って・・・体にイイコトとワルイコトがココロでツナガッテルよな・・・


その後、部室に入って行った爽やかアキタさんがワタヌキにケリを入れられたことは言うまでもない。




end

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