本編

□バファリン
1ページ/4ページ


関東大会の予選。
雨の水曜日。
シード扱いのウチの対戦相手は、俗に言う格下。
ピッチの条件が悪いせいでアンラッキーな一点
を取られたが、その後は、ワタヌキ劇場と化し
たグラウンドは応援席の生徒達を沸騰させた。

一年坊主のオレ(モリヤ ナギ)もその中の一
人だった。
グラウンドにも入れないジャージ集団の一人と
して、レギュラー達に微量ながらパワーを送る
ために声を張り上げ続けた。

最後の笛が鳴った時には涙さえ浮かんでいた。
体中に泥を浴びて選手達が、ホッとした笑顔で
ベンチへ帰ってくる。
常勝のプレッシャーと90分戦った足取りはフ
ラフラだった。
足を攣ったままフルで出た先輩もいた。

ワタヌキもザブザブに濡れた足を重そうに引き
上げ、雨に顰めた顔をコチラに上げた。
オレは傘を差し向けてやる事も、タオルを差し
出す事も忘れて、疲れ果ててニヤケる男を力一杯
抱き締めていた。
ヤバイとかそんな事は思いもしなかった。
ただ感動して、褒めてやりたくて、涙が出て、
自然な衝動だった。
でも、それは周りでも同じ様に繰り広げられて
いた事だった。
誰でもいいから皆が抱き合ったり、手を合わせ
たり、拍手したり、叫んだりしてた。
ワタヌキも嗚咽を堪えるオレを片手で抱きなが
ら、もう片手を上げたりしてる。
たぶん誰かとハイタッチしたりしてる。
オレの頭も誰かに小突かれたり、撫でられたり
した。
「ガキ」
ワタヌキの声が耳元で笑う。
それでも、ワタヌキはオレを引っぺがしたりし
なかった。

皆が、この一勝の、重さを知った。





この雨がもたらしたのは、勝利だけではなかった。
あんなに泣いたのは何に感動した以来だったろう?
体の疲れはピークで、家に着いた後はメシも食わな
いで、眠り続けてしまった。
だが、それは単に疲れていたからだけじゃなかった
と、学校に来てから気づいた。

タリィ。
ダルダルにタリィ。

背中がゾクゾクと震えて寒気がした。
「何、お前、顔色ワリィね」
北村がオレの前の椅子の背を抱くように座って顔を
覗き込んできた。
「やっぱし?何か、だりぃ。風邪引いたかも」
オレは額を軽く押さえて俯いた。
熱は無さそうだ。
「昨日濡れたせいだろ。レギュラーは動いてたから
雨かぶっても、平気だったろうけど、オレら動いて
なかったから、冷えたもんな」
「う〜〜、寒気がする」
その声に隣の席の明石が反応する。
「オレ、薬、貰って来てやろうか?」
「薬?」
「そ。部活の先輩でいつも薬持ち歩いてる人知って
るから。ホラ、バファリンとか痛み止めになるけど、
あれ、風邪薬じゃん?」
明石は少林寺みたいに二厘刈りにした凶悪な顔を、
綻ばせて言った。
次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ