本編

□5分で支度
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尾を、引いている。
モーレツに(これが最強の台風の表現らしい)甘い後味。
いつの間にか、ベッドを抜け出ていた森谷は、キチっと、真新しいこげ茶色
のブレザーに着替えている。
「モリヤ・・」
オレは半身を起こして、森谷の首に手を回して引き寄せた。
予告つきのキス。
森谷は、拒否も抵抗もしないで、いつもの瑞々しい瞳を細めた。
一度してしまえば、何度しようが一緒だ。
そんな諦めが目に浮かんでいる。流されている目。
「朝練・・・もう、始まってマス。起きないと、遅刻シマスヨ」
たった今唾液で濡れた唇を手で拭いながら言う。
床に落としてあった腕時計を拾う。
「やべ・・、さぼっちった。初めてだ。罰何だっけかな」
森谷は一瞬で顔色を変えて、オレの制服を放り投げてきた。
「センパイ!マジで!?初めてかよ!?罰なんてあんの!?早くっ着替えて!
今から行けば最後10分位出れるから!!」
「いいよ、もう。腹筋か外周だろ、あ、シャツ貸して」
「冗談じゃねーよ!!オレのせいで、部活さぼったなんて・・!早く着ろよ!」
すごいケンマクだ。すごいケンマク。ぴったりの表現だ。
「イヤ、シャツ貸してって」
「昨日のヤツ着てけよ!オレのなんか絶対入んねーよ!」
うわー、キレてる。とにかく着ろってか。
森谷は慌しく、カバンに代えのソックスだのタオルだのを突っ込んで、まだ、裸
のオレを見ると舌打ちしてから、引き出しから出したワイシャツを投げて寄こす。
「センパイ!早く!!」

あの甘い一時が嘘のようだ。
寝起き5分で家の外にいるって事が有り得ない。
さらに、オレは森谷に引っ張られるように駅まで走らされた。こんなハードな登校
初めてだ。
電車は見事なまでにスシ詰め状態だった。
「センパイ、遅刻でもペナルティ有り?」
森谷は角度的にはチューしての体勢でオレを見上げる。
「さぁな。した事なかったからなぁ。サッカー忘れるって事、今までなかったし」
森谷の目が見開いた。それから顔がどんどん赤くなった。
もちろん、森谷は夜中の事を思い出したはずだ。
「なんだよっさぼれとか、簡単に言うんじゃねーよ!さぼった事も無いくせにっ」
モゴモゴと押し殺したような声。
「初めてとか言うしっアンタ勝手だよっ・・・勝手すぎっ」
「じゃ日曜日、土手でサッカーするか」
オレは特に何か思って言ったわけじゃなかった。
ただ、部活をさぼらず二人でいられる案を出しただけだったが、ここにも実は、
ワタヌキタツト信者が居たらしかった。
「マジで!?あの倉田町のとこの土手?ゴール立ってるとこ?」
森谷は上気した顔を惜しみなく近づけてくる。
電車が悲鳴のような嫌な音と共に減速する。ナイスブレーキ!
勢いで、森谷はオレの首筋に顔を埋めた。あと少しで、まともにキスしてた。
首筋に森谷の唇の感触。電車はまた少し人間を吸い込むと走り出した。
オレ達はそのまま、電車に揺られ続けた。

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