本編

□センパイと2ケツ
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一年はツライ。
三月までは、すっかり権力を誇示してきた最上級生だったはずなのに、
今は、また一番下っ端に逆戻りしている。
地位が180度回転してしまっている。
なんちゅー世界だ。リストラにあったらこんな感じだろうか。
だが、きっとワタヌキにはそんな経験も無いんだろう。
コイツは一年の時から、イヤ、その前からも、誰からも一目置かれる存在で、
たぶん、去年だって球拾いなんてやらなかったんじゃないだろうか。
オレ達は、最後の最後まで後片付けをして、シャワーを浴びて、またそこも
掃除して、それから帰る。
3年が帰った悠に1時間は経った後だ。
携帯が鳴る。表示はジダン。オレが入れたわけじゃなく、奴が自ら入れただけだ。
「オレはハゲてねーけどな」と。
おいおい、銀河系最高プレイヤーになんちゅーことを。
『もうソッチ出たか?』
アイサツも無い。
『うん。何処いんデスカ?』
『チャリ置き場』
話しながら向かうと、すぐに影が見えた。
校舎の明かりの下でハンドルに凭れるようにして話している。
二年が部室を退去したのは30分も前だ。
どこで時間を潰していたのか、オレを待っていた。
オレが傍に来てるのにまだ気づいてない。
『お前、膝、大丈夫だったか?』
『膝?』
ドキリとした。まさか膝を一度悪くしてるのを知ってるんだろうか。
『なんか、痛そうにしてたから』
『マジで?』
『イヤ、たまたま見た時、庇うようにしてたから』
『たぶん、クセなだけだと思う。ちょっと庇うようなクセできてるかも』
『直せよ』
ふて腐れたような返事が返ってきた。
よく見てるなー、と笑いが込み上げてくる。
『あ』
やっと、オレに気づいて、携帯を切った。
自転車を押して近づいてくる。
「乗せてやろうか」
「え、いいよ」
ワタヌキは自転車を降りて、オレに押し付けてくる。
返事はムシかい。そして、漕ぐのはオレかよ。
仕方なく跨ると、奴はオレの肩に手を置いてステップに立った。
「お前、家、何処?」
「新城。センパイは?」
「うちは隣の隣。新城は、・・駅3つ向こうか。偶には電車にするかな」
・・それはオレと一緒に通いたいって事か?
「うちの駅前まで送ってやるか・・」
でも、漕ぐのはオレ。
うちは名門スポーツ校で、電車通学が殆どだ。地元だから、近いから行く高校ではない。
誰も居ない校庭を横目に、すれ違う生徒も無く、ゆったりと進む。
両肩にワタヌキの肘が乗った。
顔が近い。
「お前、髪濡れてるし・・。風邪ひくぞ」
「・・乾くよ、すぐ」
ワタヌキの頭が動く気配がした。
首筋がゾクっとする。
たぶん。
たぶん、うなじ、キスされた。
「冷てー、マジで風邪ひくなよ」
まだ、オレ達は校門を出て一つ目の角を曲がったばかりだった。
オレはその後、駅二つ分、無防備にチャリを漕ぎ続けた。

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