未来ノート

□一つに繋がる物語E
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高校の時は、明日が来るのが楽しみだった。

綿貫と出会ってからの毎日は朝も昼も夜もない。刺激が強すぎて、逃げ出したいような追いかけられたいような、オレってどうしちゃったのって頭抱える程、青臭くてフレッシュで腹痛の耐えない日々。
綿貫の姿を無意識に目で追っちゃうくらい好きなのに、アイツの不敵な顔が目の前に迫ると、身を捩って大嫌いだと叫びたくなる。
簡単に体を組み伏せられ、同じ男なのにアイツに力で敵わない自分が悔しくて、体全体で綿貫を拒絶した。
なのに、アイツは言葉の通じない発情期の大型犬みたいに問答無用で飛びかかってくる。
実際、やめろって言っても顔をベロベロ舐め回す本当の犬の方が、どれだけ可愛い気があるか。
綿貫に組み伏せられ、本気で許してくれって泣いた事だってある。
けど、どんなに本気で懇願してみても、アイツには露ほども届かない。
アイツの視界の中じゃ一体オレがどんな風に映っているのか。
普通、好きな子が泣いてたら退くもんじゃないだろうか。
一歩でも二歩でも。いや、せめて半歩でも。
けれど、それが奴の中にはない。これっぽっちもない。存在すらしていない。
どんなに抵抗されても、自分がしたい事、すると決めた事は絶対に実行する。
愛だの思いやりだのはさて置き、自分が欲しい相手なら尚更だ。
信念と言うほどその意思は固く、絶対に自分が折れる事はない。
超ワガママ。
誰が何と言おうと、それが綿貫龍斗という男だった。







所属チームとの契約があと1年残っている状態での移籍には違約金が発生する。
つまり、他チームからのスカウトが来て、引き抜きのための交渉をしてくれるエージェントがいてくれれば、まだ話はスムーズに進むのだが、個人が単独でフロントと話をしようと思ったら、そう簡単ではない。
どんな会社でもあり得る話だが『辞めたい』と意思表示を出した瞬間から、お互いの信頼関係は崩れていく。

なぜ移籍したいのか。
その理由は。
チームに不満があるのか。
引き抜き。
金銭問題。
譲歩出来る範疇か、否か。

この手の交渉にはある程度パターン化された答えが用意されている。
けれど、自分がこれから掛け合わなければならない話が、一番フロントには理解しがたい理由になるだろう。
契約満了にも満たない時期での海外移籍へのチャレンジ。
勿論、引き抜きどころか、こっそりスカウトが試合を見に来てもいないのだ。
当然、フロントは困惑するだろう。
何を血迷っているのだ、と。
違約金を払ってくれる相手もいないのに、一体どこへ行くつもりだ、と。
ええ、その通りですよ。
オレだって海外チャレンジするつもりなんか、これっぽっちもない。
『寿退社』
と、誰に憚る事なく、男でも宣言出来る社会だったらどれ程楽だったろう。
事実、嫁にいくのだ。
アイツのものになる。
いや、もう随分前からアイツのものなのは間違いないが、事実上、養子縁組し綿貫姓を貰った。
綿貫 凪になった。
それを公にするつもりはないので呼ばれる事もない名前だが、この名前を声に出してみると自分で思っていたよりも感慨深い気持ちになった。








綿貫にスペインに来いと言われて、早数ヶ月。
向こうは二人で住むマンションまで決めて待っているっていうのにオレはまだ日本に居て、日々の生活に追われる内に肝心な事を後回しにしていた。
でも、だって、と言い訳をしつつ延ばし延ばしにしてきた移籍問題。
それもそろそろ時間切れになる。
ついに痺れを切らした綿貫に、エージェントを派遣された。
オレのために移籍先のクラブをピックアップし、チームのフロントへそろそろ移籍の話をしましょうと連絡が来たのだ。
わかっていた事だが、海外移籍が現実味を帯びて来る。

ヤバい。

そう思っちゃいけない事はわかっているけど、エージェントから連絡が来て嬉しいよりも『ヤバい』の方が先に頭に浮かんだ。
だって、自分で言うのもおかしいが全く移籍する気が起きない。
海外で自分がプレーする姿なんか全く想像出来ないのだ。
『サッカーはどこでも出来る』
綿貫の言葉に打たれた。
その通りだ。
サッカーが好きなら、どこでだって一緒だ。
寧ろ、憧れていた地でプレー出来る事に感謝しなければいけないくらいだろう。
なのに、喜べない。
不安ばかりが胸を過ぎる。
自信がない。
自分なんかが海外で通用すると思えない。
百戦錬磨の猛者どもにコテンパンにヤラれて、逃げ出すかも知れない。
そんな自分が簡単に想像出来て、初めの一歩が踏み出せない。

この何年もオレも綿貫も別々の場所で頑張って来た。
そりゃ寂しい時もあるし、セックスしたくて堪んない時もあった。
けど、我慢した。我慢するしかなかったから我慢出来た。
なら、この先もうこれ以上我慢出来ないって訳じゃない。
それは綿貫への気持ちが離れてすり減ったとか、遠距離恋愛に疲れたとかいう訳でもないけど、会いたくて会いたくて走り出してしまいたい時期はとうに過ぎてしまった。

今のままじゃダメなのか。移籍しなきゃダメなのか。

J2からJ1へステップアップし自分を取り巻く環境がレベルアップしたせいか、自分の力も引きずられるように上がった気がする。サブメンバーとしてだが日本代表の練習にも呼ばれ、海外で活躍する選手のプレーを間近で見る事で、感覚的なセンスが研ぎ澄まされていくのを感じた。
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