未来ノート

□一つに繋がる物語C
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あっという間に5月がきた。

オレはテーブルに投げ出してある封筒の中から、自分の名前が印字されたハガキを出して、眺める。
『お前が、決めろ』
そう言われて、手渡された封筒の中身は、結婚式の招待状。
『オレの事は気にするな。お前が最後、どうしたいかだろ』
最後、通告。
もう、これ以上は待てない。
そう綿貫に告げられ、オレはただ黙って俯いた。

オレと綿貫の関係を、オレはずっと隠してきた。
けど、全く誰にも秘密な訳じゃない。
秋田さんや泉沢先輩、都築とか千束とか、他にも高校の時の先輩達とか。
きっと、偶然も必然もあったけど、オレと綿貫の関係を、当たり前に受け入れてくれる人達に囲まれていた生活は、実際、楽だったと思う。

誰にも絶対秘密にしなきゃいけないっていうプレッシャーがあったら、オレは早々に綿貫から逃出していただろう。
平衡不安定な思春期の劣情が、マイノリティな性癖だなんて、本当なら誰にも言えない。
けど、アイツは真っ正面から、オレが欲しいと手を伸ばした。
出会ったばかりでも、オレの気持ちなんか構いやしない。
王様の気質で、欲しいと思った物は手に入れる。

『ナギ、好き。すげぇ好き』

言うより先に、体が昂る。
綿貫の腕の中で、不規則な呼吸に煽られ、腰から下が砕けた。
耳から体の内側を犯され、背筋が震える。
ドロッとした欲情が下腹部から溢れ、それが尻の狭間から内股を伝い、足の爪先まで濡らす。

『ナギ、死ぬほど抱いてやるから』

そんな激情をぶつけられて、たかが16歳のガキが太刀打ち出来る訳ない。




憧れの人だった。
あんな風になりたいっていう理想像だった。
それは、きっと今も変わらないけど、今は少しだけ違う気持ちで、綿貫を見つめてる。
最愛の人。
やると決めたら、どこまでも、走り続けられてしまう人だから、オレが声を掛けてやらなきゃいけないと思う。

少し休もう?
オレと一緒に、少し歩こう?

そうして、手を繋いでやらないと、きっとどこまでも走って行ってしまう。
頑張り過ぎて、ボロボロになってしまう。
オレの前で格好付けたいの、わかってるけど。
無理だけはしないで欲しい。
だから。
時々、ちょっと立ち止まって。
少しだけ、アンタがこっちを振り返って笑ってくれたら、オレは幸せだから。






リーグも中盤に差し掛かろうという頃、日本の短い春が終ろうとしていた。
オレは少し早い母の日のプレゼントを買って、久しぶりの実家に帰った。
A代表の補欠に選ばれてからというもの、今まで休みだった日が休みじゃなくなり、かなり立て込んだスケジュールを余儀なくされている。
前から、特に用もなければ帰っていなかった家には、更に殆ど帰る事はなく、その上、ここ最近の休日はほぼ綿貫に拉致られていた。

「ただいまー」
オレの家は、濃いグレーの屋根と白い壁で出来た2階建ての一軒家。
高校を卒業した後も、中も外もそう変わりはない。
「おかえりー。アラ、綺麗じゃない。あんたが選んだの?」
ギラギラしたラップに包装されたカーネーションの籠をテーブルに置くと、キッチンから顔を出した母親が、意外そうな表情でオレを見た。
「他に・・誰が選ぶんだよ・・」
せっかく買ってきた花に文句をつけようとする母親に、軽く溜め息を吐きつつ、プレゼントの袋を渡す。
「やだ・・!なにこれ、何コレ!?お兄ちゃん、どうしたのコレ!?こんな高い物買って大丈夫!?」
この大げさ過ぎる驚き方も、オレのプライドを傷つける。
「これでも・・一応、オレ、プロのスポーツ選手なんだけど・・。っていうか、別にサラリーマンだって、このくらい買うだろ・・」
有名ブランドのハンドバッグをプレゼントしただけなのに、この引かれよう。
オレって、そんなにケチに見えるんだろうか・・。
前にも、時計や自転車を(強請られて)プレゼントした気がするが、忘れてしまったのだろうか。
そう眉間に皺を寄せていると、母親が何か納得したような顔で頷いた。
「何かあるわね?」
そうキラリと目を光らせた母親に、オレは思わず目を見開いてしまう。
「別に・・っ」
と、意地を張りそうになって、いや、ここで負けたら、もう二度とチャンスは無いと、考え直した。
「ちょっと・・話したい事が、あんだけど」
視線を逸らしながら言うと、母親が紙袋の中へバッグを戻す。
「・・・お茶用意するから、座りなさい」
何かを覚悟したような母親の声に、心臓の音が激しくなった。

やべぇ・・オレ、言えねえかも・・。
言ったら、心臓止まりそう・・

それでも、決心してここへ来たのだ。
綿貫と自分のために、決心したのだ。
自分の一生を、こうと決め、わかって貰うために、オレはここへ来たんだ。

爪が掌に喰い込む程強く拳を握り、母親が席に着くのを息を詰めて待った。
キッチンからお湯が沸く音や、お茶を用意する音が聞こえ、心臓がカウントダウンに入る。
口から心臓が飛び出しそう、とは、この事だ。
迷うな。
もう、迷うな。
いいんだ。
どうなっても、オレは誠実でいたい。
オレは綿貫に、家族に、誠実でいたい。
そう決めたんだ。
だから。
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