未来ノート

□勝負の世界はヘコんでばっかいられない
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毎度のことながら。
負けるってすっげえ重い。
全力でやった試合だろうがなんだろうが、負ける時は負ける。
それは、勝負だからしょうがない。
だけど、それはどうしても重く伸し掛かってきて、泥の中でも歩いてるみたいに足が上がらなくなる。
それでも、同じ時間を一生懸命に戦ってくれたサポーター達に、挨拶をしに行くのがオレ達の義務だ。
彼らが居るから頑張れる。
その彼らに、一緒に戦ってくれた事に礼を尽くす。
どんな結果であってもだ。
一定間隔で、頭を下げながらスタジアムを一周する。
惨めすぎる。
その惨めな気持ちの上に、ヤジも飛ぶ。
それが、全部オレの事じゃないってわかってても、全てオレの耳に入ってくる。
ズタズタに引き裂かれそうな気分で、スタンドに頭を下げて回り、喉の奥が痛くなった。
いつだって明るく手を振って回れる訳じゃない。
悔しくって苦しくって、自分自身がこの気持ちと折り合いなんかつけられない。
でも、プロならプロらしく、責任を全うしなければいけないから。

「しっかりやれ!!」
「打てよ!!」
「シュートしろ!!」
「次、勝てよ!!」

沢山の言葉が上から降って来て、体が押し潰されそうになる。
そんな時、ふと思ったりする。
海外だったら、ヤジの意味もわかんないかな・・?なんてバカな事を。
「良かったぜ」
肩を叩かれて、顔を上げるとコーチがオレの横に居た。
「後半の走り、すげえ良かった。お前はアレでいいからな」
背中をバシバシと叩かれた後、「ホラ、頑張れって言ってっぞ」と親指をスタンドに向けて差す。
悪意に満ちているように感じていたスタンドから、「モリヤがんばれー!」と声が聞こえた。
まだまだヒヨッコのオレを見てて応援してくれる人がいる。
今は辛くて、その声も遠く聞こえるだけだけど、少しだけ気持ちが楽になる。
負けた理由なんて、よくわからない。
あの時、こうしてたら。
そんなのは結果論でしか無いんだ。
瞬時の反応、瞬時の判断。
それが繋がって繋がって、点になる。
一人で突っ走ってたって点は産まれちゃくれないんだ。
パスが来て、ディフェンダーを引きつけてくれる奴がいて、球を上げてくれる奴がいて、そして決めてくれる奴がいてくれなきゃ、点は産まれない。
その、誰かに、オレはなりたい。
点を産み出す一人にオレはなるんだ。

殆ど、誰とも口をきかないで、オレはロッカールームを後にした。

自宅マンションの近くのコンビニで適当に食い物を買って、部屋に帰った。
なんだかお化けでも背負ってるみたいに首が重くて、少し食べただけで、あとは残してしまう。
とにかく、眠ってしまいたかった。
頭の中では、ゴールを奪われたシーンが何度も流れ、サポーターからの罵倒が耳から離れなかった。
自分だけに投げつけられた言葉では無いのに。
だけど、それを無視することも出来ず、気分は暗くなる。
何もかもがどうでも良くなって、携帯の着信もメールの着信も何も見なかった。
もう、何も考えたくなくてベッドへ横になる。
疲れてる。
体中が重くて動きたくない。
それくらい疲れているのに、眠りはなかなか訪れなかった。

こんな時、綿貫がいてくれたら・・。

そんな風に思うのは、これが初めてじゃない。
自分のミスからの失点、膝の怪我、ベンチ外・・、綿貫が日本から居なくなった4年前から、たくさんの事が起こった。
目を閉じてる筈なのに、眠れない。
だけど、目を開ける事も出来ない。
極度の疲れと精神的ダメージからか、手足は金縛りにあったように動かなかった。
こういう事ってあるんだよな・・。
それも、別に恐ろしい事だなんて意識は無い。
ただ、どうでも良かった。
自分の無能さに、情けなくなり、何もかもがどうでも良かった。

が。
オレの恋人は、そんな気持ちを察してくれる男じゃなかったんだった。

続けざまに鳴り続ける携帯の着信を知らせるバイブと、家の電話(音を最小にしてある)。
それが意味するもの、その事に失念してた訳じゃないけれど、今は体が動かなかった。
だから。
仕方無えじゃん。
カナシバリだし、動けねえもん。
そう胸の中で言い訳をして、ワタヌキからの連絡を無視してしまった。
だが、遠く離れたスペインからわざわざ連絡をくれるワタヌキの事を考えたら、涙が出そうだった。
恋人の声を聞いて、楽になろうなんて、実際虫が良過ぎる。
そんな自分を、オレは許せない。
だから、ゴメン、センパイ。
今、カナシバリでオレ動けない。
心配掛けてゴメンな。
明日、絶対オレ元気になって、連絡入れるから。
だから、今はちょっとだけ、そっとしといて。
ついに、携帯のバイブも家の電話も鳴らなくなる。
そうして、静まり返った部屋の中で、やっぱりオレは泣きそうになってた。
バカじゃん・・。
やっぱ声聞きたかった、なんて。
笑われてもいいから、素直に慰められておけば良かったかもな。
いや、どっちにしたって、オレは今カナシバリだし。
どうせ、どうしようも無いんだ。

と、全てを諦めた時だった。
ガチャガチャと玄関の鍵が動く音がする。
その音に、一気に背筋が寒くなった。
綿貫な訳がない。
そんなのわかりきってる!
だったら?
金縛りで!?動けなくて!?外から誰かがうちに入ろうとしてて!?
ホラー映画の貞子が、自分の家の玄関から入ってくるのを想像してしまったオレは、慌てて体を動かした。
が、動かないものを動かせる筈も無い。
動かない手足に、ジタバタと体をベッドの上で捩り、必死に携帯へ手を伸ばそうとした。
だが、カチャリとドアが開くのが先だった。
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