未来ノート

□一つに繋がる物語@
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路上で子供達が球蹴りしてる。


突っ立ったまま眺めてたら、偶々俺の足元へそれが転がって来た。
ちょっと意地悪してやろうなんて、大人気ない気持ちが湧いて、傍まで駆け寄って来た10歳くらいの男の子の前で、ボールの上に足乗せたまま、そいつを見下ろす。
戸惑う少年にニヤリと笑い、オレは軽く球を引いて爪先でポンと真上にリフティングした。
目の前で数回リフティングを見せつけ、再び足下へ降ろす。
「取ってみろよ」
その瞬間、戸惑い顔の少年の頬が赤くなり、オレに向かって駆け出した。
36になると、サッカー界じゃもう年寄りだ。自分が現役に居た頃より、もちろん引退してからの年の方が長いが、子ども相手に負ける筈は無い。
ちょっと上手いとこ見せつけてやろう、なんて、バカな考えやめときゃ良かったと、オレは後で後悔した。

右に左に躱しながら、リフティングも入れて、やっきになる少年に一度も掠らせない。
ちょっと意地になってきた少年が顔真っ赤にしてオレのドリブルを追いかける。
「おっと、あぶねえ!」
足を蹴られそうになって球ごとジャンプ。
それから、その球をーーーー
「もーらい!」
トンっとオレの隣にいつの間にかジャンプした男が、オレより上に飛んでヘディングした。
「あ!?」
再び球が更に上へ上がる。
反射的に体が動く。
もう一度。
再びジャンプしたが、一瞬の遅れ、ソイツに簡単に肩を押さえられて全く飛ばせて貰えない。
体の入れ方が上手い!
ジャンプ最高点での球の奪い合いに慣れている!?
まさかだろ!?
このクソ素人が・・!
そう思考を巡らしてる内に、あっさりとオレは球は奪われ、ソイツは軽く浮かせた球を少年の頭上遥か向こうへボレーで大きく蹴り上げた。
球の行方は、少年の友達のところだ。
遠巻きに数人の子供達が、こっちを伺っていたが、球が蹴り上げられると同時にワッと駆け出した。
「もっと広いとこがあればいいのにな」
ソイツのその呟きを聞いた少年が、パッと顔を上げ「ありがとうございました!」と赤い顔で会釈して仲間の方へ駆けて行く。
舌打ちして男を振返ると、素知らぬ顔でオレの横を通り過ぎようとする。
「おい。すげえヘディング上手いじゃん。もしか、水族館の人?」
オレのからかいに、ソイツが「は?」と振り返った。
多分歳は20代前半。
オレと変わらない身長、どっかで見たような上下ジャージ姿。
耳が隠れるくらいの無着色無造作ヘア。
黒目が大きくて白目が少ない、ちょっと雰囲気持ってるカッコイイ奴だった。
「なんで水族館・・?」
「ほら芸するヤツがいるじゃん。オウッオウッって」
ふざけてマネすると、ソイツは、あからさまにイヤな顔をした。
それから、アホらしいと言わんばかりに溜め息を吐くと、オレを置き去りにこの場を去って行く。
ったく、カッコわりぃ・・。
子どもからかってんの見られた上に、球横取りされるなんて。
ただのマヌケ、大マヌケ。

こんな出会いに続きがあるなんて誰が思う?
ブラジルで2年勉強し、帰国後はJ2のクラブにコーチとして就任。
チームは、はっきり言って、あと1年で引退するようなJ1落ちの選手と未開発層の集まりだ。
似たり寄ったりの選手が並び、スポーツ選手としてのハングリーさもお粗末。
年長になればなるほど、集中力も体力も落ちぶれ、試合のど真ん中でサボる事も憚らない。
全く、これで一体何を求めてリーグを乗り越えていけっていうんだか・・。
キャンプが終ると、メッキの剥がれた選手の尻を叩いてばかりもいられない。
なんとか開幕までにモチベーションを上げさせ、宥め賺してやる気にさせる。
ま、やってみなけりゃわからねえのが、ゲーム(試合)ってもんだ。
どんなに強いチームだって最下位のチームに絶対に負けない保証はどこにも無い。
微かな希望を胸に、降り立ったアウェイのスタジアムに、あの時のアイツがユニフォーム姿で立っていた。

「お前!あん時の・・!?」
思わず、チラと見たその顔を追いかけ、相手側ベンチのすぐ近くまで駆け寄り、オレはアイツの腕を掴んでいた。
その時のアイツは、相手チーム側の控えの選手の一人だった。
「・・誰でしたっけ?」
全く覚えの無さそうな声に、オレはなんとも言えず口を開けたまま思考を巡らせた。
今更、あんなカッコわりい出会いの記憶を呼び起こす必要は無いだろう。
「オレは、マウントビア・オーレのコーチをしてる薫だ。春日部 薫。お前は?」
「森谷 凪・・まさか、こんな堂々と、オファーじゃないよな?」
試合会場には満席にならなくともサポーター達の声援が鳴り響いている。
どちらのサポーターも相手をぶっ倒そうとダミ声を張り上げ、士気を上げる唄を大合唱だ。
その雰囲気はスタジアム全体に広がり、選手達にも色濃く殺気が沸き起こる。
そんな中、軽々しくナンパよろしく声を掛けたオレに、森谷が苦笑いした。
そりゃそうだ。
これから一戦交えようって相手と仲良くおしゃべりなんて空気読めねえにも程がある。
「何がオファーだ・・」
舌打ちしたオレに、森谷は眉を上げた。
「あとで連絡先教えろ。話は試合が終ってからだ」
そう踵を返したオレは、早足で自分のベンチへと戻った。

クッソ格好ワリぃ・・!!
何を言ってんだオレは・・っ
さっさと邪魔したなって素直に帰ればいいもんを・・!
連絡先とか、あとでどうにでもなるだろうが・・っ

激しい自己嫌悪に項垂れ、それでも選手達のコンディションを見る。
普段からいいと言えないオレの目つきが、いつも以上に細められていたんだろう。
どの選手も一瞬目が合ったと同時に、視線を逸らしていく。
その態度に、余計に腹が立つ。
「テメーら・・今日は絶対負けんじゃねえぞ・・?」
そうやってオレがどんなに凄んだところで、やるのは選手だ。
気合いだけでどうなるもんじゃねえってのもわかってるが、気合いも入れずに試合に向かう野郎共なんざ勝負する資格も無え。
戦々恐々、神経過敏、自意識過剰にハイテンション。
十人十色とはよく言ったもんで、全く同じ気持ちの人間なんて殆ど居やしない。
それでも、お前らはやるしかねえんだ。
何千人って観客の前で、恥さらして来い。
どんなプレーしたって全部自分の責任だ。
だけどな、逆に、お前らがプレーする前から、ここに来てる客はお前らの味方なんだ。
声張り上げて、お前らが勝つってバカみたいに信じてる。
始まる前から味方がついてるなんて、超ラッキーだと思わねえか?
このスタジアムの観客、泣かせんのも笑わせんのも、お前らのワンプレー次第なんだぜ。
「よし。蹴散らして来い。お前らのハートにゃ期待してねえが、筋肉の塊みてえなお前らの足には期待してっからよ」
グラウンドへ出て行く選手の一人一人の背中を叩いて送り出す。
選手が登場したスタジアムには、何千人という観客の声援と拍手が鳴り響いた。


結局、その日の試合がどうなったかというと。
2−2のドロー。
だが、内容はどちらのチームも最後の最後まで走り切り力を使い果たしたいい試合だった。
サポーター達からも怒声が少ない。
野次を飛ばしにくるだけの悪い客層も、今日はそれ程目立ってなかった。
勝った訳じゃないが、負けた気はしない。
やりきった気持ちいい達成感が溢れ、チームの雰囲気はいい意味で上がっていた。
「そういやコーチ、試合前にあっちのチームの奴に話掛けてたけど、知り合いっすか?」
撤収間際に若手の一人に聞かれて、オレは青くなった。
「あー、ちょっとな。なあ、お前さ、これ持って先にバス乗っててくれ」
「あ、はい?」
オレはそいつにチームバッグを預けて、廊下を曲がり、そこからダッシュした。
相手側のロッカーはスタジアム内の真反対にある!
現役を惜しまれて退いたとは言え、この距離を全力疾走するには荷が重い。
が、予想通り・・ホーム側のロッカールームに残っている選手は少なく、森谷の姿も既に無かった。
激しく呼吸困難を起こしながら、スタッフの一人を捕まえて、森谷の所在を聞いたが分からない。
そうして、オレと森谷の再会は試合前の数分だけで、あっけなく終った。
また次に会えるとしたら、夏を挟んだ次節4ヶ月後になる。
失敗した。
この焦燥感が、イマイチ自分でもよくわからない。
なんで、もう一回会いたいって思ったんだか・・。
そう思っている事に気がついたオレは、それ以上は考えない事に決めた。
きっと、ろくでもない事になる。
だから、いい。
そんな風に、自分の胸に、突如開いた穴。それに、そっと蓋をした。
それだけだ。
そして、スタジアムを1往復したオレがバスに乗り込むと「いつまで待たせるんだ」と全員から非難され、オレは素早い動作でバスの床に土下座して謝った。するとバス中から拍手喝采で名前をコールされた。
ブラジルに行った時もこれが一番ウケたもんだ。
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