未来ノート

□特命
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つくづく、だと思う。
あんなに高校時代の俺にとって大切だった想いも、あっけなく、そして木っ端微塵に吹き飛ばされ、そう、その字の如く、恋という字が砕け、粉になり砂になりサラサラと消えていった。
そんな1シーンだった。

俺の掛け声に振り返ったアイツ。
その目は俺を見たようで、見てないような、警戒心旺盛な野良猫みたいな渋い目で、俺をチラと見ただけでコイツは敵か味方か判断したように、もう俺を見はしなかった。
敵か味方か。
『これ味方じゃないな。
じゃあ敵だ』って訳だ。

森谷のこの態度に、純粋に俺の心は傷ついた。

俺の予想では。
『え、あれ?ツヅキ!?ツヅキじゃねえの!?なつかしー!!なにお前、記者になったの!?』
ってキラキラと輝かせた目を俺に向けてくるアイツに、俺はジャケットの胸ポケから名刺を出しながら『今年からスポーツ版担当になってさ。まさか、お前とこんな風に会うとはな・・。暫くよろしく頼むなっていうか・・マジでスタメン狙えよな?』
って名刺を渡して、それをマジマジと見る森谷が『うん。頑張る。ツヅキ・・すげえじゃん。俺も頑張るから見てて?』ってはにかんだアイツの頭をわしゃわしゃと、・・・。

そんな甘い夢を見てた自分が可愛い過ぎて、情けなくて泣きそうだった。


多分、森谷はマスコミに対して何らかの嫌悪感を抱いているんだろう。
俺をマスコミの人間だと認識した森谷は、サッと俺との間に壁を作ると俺の顔をよく見ようともしなかった。



アイツがどんな過酷な競争社会で生きてるかってのは、俺だって一応わかってるつもりだ。
しかも、愛しい恋人は遠く離れた海外で活躍中。いや、「大」活躍中だ。
引け目を感じるのは勿論だが、辛くても甘えたくても、昼夜逆転の空の下にいる相手にはその想いすら通じないもどかしさ。
この数年、森谷は綿貫無しの孤独を存分に味わったことだろう。
そして、J2からJ1への移籍を経て、ついに念願の代表招集。
そのネタを同僚から教えて貰った時は、柄にも無く熱くなって、屋上までの7階分の非常階段を駆け上り『やったぜこのバカヤロー!!』と叫んでしまった程嬉しかった。

だけど俺は。
本当は忘れたかった。
もうお前の背中なんか追いかけたくなんかなかった。
なのにお前はいつだって俺の前にチラチラと顔を出して(※ネットのサッカーニュースやスポーツ紙の写真や記事の事)、俺を誘惑するんだ。
お前の名前を目にする度に、こんなに頑張ってるお前に、会いたくて会いたくて、俺の胸は締め付けられた。
俺だって頑張ってる。
それを見て貰いたくって、俺はスポーツ紙の先輩に無理言って頼んで代表招集の取材に同行させて貰った。
なのに。

あの素っ気ない受け答え!
俺の顔を見ようともしない態度!
振り返ったかと思えば、目をキョロキョロと彷徨わせて心ここにあらず!
このヤロ!
マジで綿貫とのことすっぱ抜いたろか!?
ジワジワと怒りが込み上げてくるが、時間が無い上に森谷は俺を避けようとしている。
そんな俺に、何が残されている?

「応援してますよ!頑張ってくださいよ!」

慌てて掛けた声は、自分でも驚く程デカかった。
それに、上ずって変に掠れた大声になってしまって恥ずかし過ぎる。
けどアイツは少し振り返って申し訳程度に頭を下げると、さっさとバスに乗り込んで行ってしまった。

愕然としながら、俺は両目を閉じた。

レーシックか・・?
2年前にしたレーシック手術が悪いのか・・?

眼鏡をしてないだけで。
森谷は俺に気づいてはくれなかったんだ・・。
たった眼鏡が無いだけで・・。
声で気づけ・・!このバカ!何年の付き合いだと思ってんだ・・!


そうして、俺達の感動の再会は終わったのだった。



いや、この話にはまだ続きがある。
あの後に綿貫が気安く声を掛けてきたもんだから、始末が悪い!
会社の先輩からも、周りの記者からも、知り合いなのか!?と問い質され、高校が一緒で顔見知りだと話したのが運の尽きーーーー。

あのインタビューから数日後。
課長とも言えるデスクに俺は名前を呼ばれ、俺は「また変な文章書いちまったか?」と慌てて駆け寄ると。
「え?」
「え、じゃねえよ。お前週末スペインで綿貫のインタビュー取って来い。」
いとも簡単におっしゃられる命令に、俺の頭の中は真っ白になった。

ちょ・・え?
なんで、俺が綿貫の・・!?
スペイン!?
すげえ遠いっつーの!
俺はアイツの、森谷の記事が書きたくて、森谷の頑張ってるとこが見たくて・・だから俺は・・!!
なのになんで、俺までスペインに行かなきゃならねえんだよ!!
あのクソボケがスペインなんかでサッカーしてるせいで・・なんで日本で仕事してる俺まで、わざわざ森谷から離れないといけないんだ!?

怒りからくる目眩にふらつく足取りで、デスクの前から立ち去ろうとした俺の背中に追い打ちが掛かる。
「おう都築。いいネタ取れるまで帰ってくるんじゃねえぞ」
俺は涙目で「・・・はい」と小さくデスクに返事を返した。


その週末。
絶望を背負い、俺は綿貫のいるスペインへと飛び立ったのだった。

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