未来ノート

□余談
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Jの代表招集中。
練習場へバスで移動するためにホテルの駐車場へ向かうと、ホテルから出て来た綿貫をカメラマンや記者が一斉に取り囲んだ。
思わず引いてしまう光景だが、これも有名税だと思って観念するしかない。
なんでもかんでも聞いて来るマスコミにうんざりしながらも綿貫は、短い言葉を選んで質問を消化していく。
その中でもプライベートな質問にはことごとく『教えるわけねえだろ』と視線で制し、くだらない質問はどんどんスルーしながら、バスまでの10m余りを人だかりと共に大移動。


オー、コワ。
それにしても・・、なんで知り合いでもない芸能人が亡くなってどう思いますか?なんて聞いてくんのか?
サッカーとどんな関係があるのか・・本当に謎すぎる。


「ちょっといいですか?」
その声に、なんとなく聞き覚えがあって俺は振り向いてしまった。
そこには、レコーダーらしき機械を手にした長身の男がナギの真横に並んで歩いている。
まさか自分に聞かれてると思わないナギは緊張した顔でキョロキョロ周りを見回してから、小さく「はい」と返事した。

オイオイ。

思わず、自分に質問される内容を無視してナギの方へ聞き耳を立ててしまう。
「初めての招集ですね。どうですか?」
「あー緊張します。尊敬する選手がいっぱいいるんで、いいものをたくさん盗んで来ようと思います」
当たり障りのないような答えをナギが口にして、先に進もうとすると、そいつが続けて質問を被せてくる。
「どの選手ですか?名前を知りたいんですが」
「え」
ナギがキョドってそいつの方を振り返り、足を止めた。
多分、誰の名前を言おうかと悩んでいるんだろう。
俺の名前を出しときゃアタリだろうに、ナギは妙に意識しすぎて俺の名前を出す事を嫌う。
で、やっと口を開くと、
「田口さんとか」
と、キーパーの名前を出してくるから思わず俺は噴き出してしまった。
それを咳き込んだ風にごまかし、一旦ナギから視線を外して、平常心を保つために記者の質問に一つ二つ答えてみる。
しかし、笑かしてくれる。
なんでキーパーだよ。
逆にあり得な過ぎて、普通だったら完全におバカちゃんだと勘違いされるパターンだ。

そう普通だったら。

「へー。同じ高校の先輩には興味ありませんか?」
その台詞にナギが驚いて記者の顔を見上げた。

初めて代表招集に呼ばれたナギは、そんな台詞にも一々リアクションして見せて、端で見てる俺としては「もういいからこっち来い」と腕を引いてやりたくなる心境だったが、どう見ても俺の方が立て込んでいる。
すると、ナギが躊躇い勝ちに声を潜めてそいつに早口で答えた。
「尊敬してます。でもちょっと遠過ぎるんです。じゃこれで」
そう自分から話を終わらせて、ナギはそいつに背を向けた。
そいつは、たったそれだけのインタビューを手帳にメモすると、
「応援してますよ!頑張って下さいよ!」
と、その場の全員が振り返る程の声量で、バスに乗り込もうとするナギに声を掛けた。
ナギはその声にビクっと肩を揺らし、ちょっとだけ振り返って少し恥ずかしそうに、そいつに頭を下げてからバスに乗り込んだ。

オイオイ。

俺は記者にワーワー言われながら、思わず溜め息を吐いた。
人生ってこんなにも切ないもんなんだな。
俺達は高校時代も卒業しても、毎日がサッカーで、それしか無い道に進んで、そでだけを夢中で目指してきた。
だから。
見えなくなったものも、失くしたものも、色々あるんだろう。
それでも、仕方ない。
俺達にその余裕が無いんだから。
そう、他人を見る余裕が。

「オイ!」
俺がそいつに声を掛けると、俺の周りにいた記者が一斉にそっちに顔を向けた。
そいつは俺の声に、心底嫌そうな顔で会釈を返してくる。
何事なのかと、記者達は不振そうに俺とそいつを交互に見た。
「元気かよ!?」
それには、首を横に振る。
「超ヘコんだよ・・」
その台詞に大ウケして、俺は後ろ手に手を振り、纏わり付いて来る記者から逃れバスに乗り込んだ。
それから、肩に提げてた荷物を座席の上へ突っ込んで、ナギの横へ座る。
ナギは緊張を解くためにか、イヤホンで音楽を聞いていた。
そのイヤホンを片っぽ引っこ抜いてやる。
ナギは別に慌てるでも無く、チラリと俺を見た。
「お前さ。初めてインタビューされたの?」
俺の質問に、ナギは少し顔を赤らめて視線を彷徨わせた。
「え、あー・・うん。そうかな?」
ナギは少し考えこんで、「チームのファン感謝デーとかならあるかな〜」とか可愛い事を言う。
俺は口元を引き上げて「そっかそっか」とナギの頭を撫でてやった。


いつか。
わかるといいな。
初めてインタビューしたのがお前だったって。
な、都築(笑)。

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