未来ノート

□突然帰って来た男
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最大音量の電話の音で目が覚める。
「また・・あの人の仕業か・・!」
けたたましい電子音に眠りから叩き起こされたオレは、揺れる頭を押えながら、受話器を取るため、ベッドから立ち上がった。
「出るまで・・鳴らし続ける気かよ・・」
低血圧なせいで、寝起きにすぐ立ち上がると体がフラつく。
やっとで、受話器を取り、耳に当てる。
「はい・・」
『遅い』
少し音が遠い。
今、オレの愛すべき恋人はスペインのチームにいる。
「・・・タツト・・死ぬ。死にそうだ」
『わかった。だけどしっかり起きろ。お前の今日の予定はなんだ?』
オレは大学に行かずJ2のチームに3年所属した後、J1のチームへ今年移籍した。
「今日・・?なんだったっけ・・?」
ワタヌキはというと、勿論高校卒業後そのまま海外へ飛び立った。スペインで5年目を迎える。
『今日は、9時から練習で、2時からミーティング。夜は8時にNホテルのロビーに集合』
こうやって、時々ワタヌキは面倒見良くオレを電話で起こしてくれる。
気持ちは有り難いが、朝起きられないオレにとって、ハッキリ言って迷惑この上ない。
頼むから、電話するならスマホにしてくれ。
「集合・・?」
『そうだ。代表合宿。招集されただろ?』
その一言に、覚醒した。
「タツト・・!!なんで知ってる!?オレが・・オレから言おうと思ってたのに!!」
『うちのコーディネーターから聞いた』
「サイアク。クビにしろ。オレが自分で教えたかったのに・・」
『もう新聞にも出てるぞ』
「サイアク・・。新聞シネよ・・」
『お前の寝起きは本当に面白いな』
「・・・何時?」
『7時だろ?』
「違うって。そっち・・」
『あー・・・こっちは・・12時だな』
「寝ろよ!オレのスケジュールなんかいいから・・」
『寝れる訳ねえだろ・・お前居ねえのに。すぐ寝れるくらいなら、お前のスケジュール見てニヤケたりしねえよ』
「・・・なんで・・・んな事言うんだよ」
朝から寂しくなるだろが!恋しくなるだろが!
『・・お前抱きたいからに決まってんだろ』
ワタヌキの殺し文句に、ナギは受話器越しに溜め息を吐いた。
「ふざけんな。朝から自分の手でヤラせる気かよ」
『起ったか?』
「ヤメろ。マジで・・・。会いたくなんだろ・・」
『そうだな・・』
そのままワタヌキもオレも黙ったまま受話器を耳に当てていた。
『支度しろ。遅刻する』
「・・ああ。・・なあ、明日・・また電話して」
『ああ。また、明日な。遅刻すんなよ』
そこで、電話はプツっと何かが潰れるような音と共に、ワタヌキの声を消した。
「はー・・・もう一回寝たい・・」
呟いてソファーに横になったが、わざわざ電話してまで自分を起こしてくれたワタヌキの事を想うと・・切ないというより顔がニヤけてくる。
自分だって寝る時間だろうに・・、わざわざこっちが7時になるまで起きててくれたんだな。
「しゃあねえ・・遅刻しねえぞ今日は」
その前に。
一言言ってやらねば気が済まぬ。
オレはスマホでアキタさんの番号を呼び出した。
『よお、早起きだなモリヤ』
「アキタさん・・うちの電話の音量勝手に上げたのアンタでしょ・・!心臓が止まりかけましたよ」
『良かったな。止まんなくて。あ、お前、代表招集だって?オメレト』
「もう知ってんですか・・。ありがとうございます。補欠の補欠ですけどね。それじゃ、もう勝手にうち上がるの無しですよ。もう鍵変えますからね!」
『はいはい。(甘い甘い。鍵くらいいくらでも開けられるし)遅刻すんなよルーキー』
「わかってますって・・(そんなに遅刻してるって皆に知られてんのかな・・?)」
それからオレは慌てて自分の所属するクラブチームの練習に向かいながら、オレは逆ドッキリを計画する。
明日を待たず、今夜、オレがワタヌキに電話してやろう。
イタズラを考えるのはいくつになっても楽しいもんだ。







そして。
その夜の代表の合同ミーティングで、タツトの姿を見つけたオレの心臓は、本当に止まりかけた。
「な、なん、なんでっただの練習にアンタ・・!?」
「あー・・実は従兄弟の結婚式があってな。そういうのあっちって寛容なんだぜ」
ニンマリと笑うワタヌキに、オレは顔が上げられない。
誰一人として、海外組みが参加しない顔合わせ程度の練習に、ワタヌキが来ているのか。
喜んでいるのは監督だけで、選手やスタッフは、ワタヌキに何かチームであったんじゃないか(チームメイト?監督?と合わないのか?移籍か?)と勘ぐる始末だ。
そりゃそうだ。
誰が、オレに会うためワタヌキが15時間もの道のりを飛んで来るなんて、考えつくだろう。
しかも、次の日、ワタヌキは練習に参加すると言う。
こんな事・・昔もあったよな・・。
そうだ、Uー17の練習の時だ。
あの時も、朝起きると、アイツが部屋に居て・・。
「ナギ。朝食、部屋で食べるか?」
「え・・?なんで・・キーは?」
目を擦り、朝日の眩しさに額に手の甲を当てたまま、オレはまた起きれない。
「フロントでオレが言えば開けてくれんだよ。最近の日本はオレにやさしいからな」
久々に聞いたキングの発言に、思わず笑ってしまう。
「やべ・・オレさ・・」
ワタヌキがオレのベッドに座り、オレを覗き込む。
「ん?」
あの頃より大人になったアンタは、ちょっと優しくなって、狡くなって、もっと巧くなって、怪我もいっぱいした。
「好きだよ・・センパイ」
手を伸ばした先、ワタヌキは面食らった顔して、それからすぐオレのリクエスト通りキスをくれる。
「センパイって久しぶり聞いたな・・」
「だって・・アンタ、卒業式のすぐ後、飛んじゃったから・・。もう、先輩後輩じゃなくなっちゃって・・。っていうか・・オレ、やっぱアンタに追いつきたかった。ずっと対等になりたくて・・今、やっとココ」
話しながら、体を起こした。
「オレは・・稼いで稼いで稼ぎまくって・・リタイヤしたら、お前とサッカースクール作る。それがオレの最終目標」
そう、ニヤけるこの男は、大嘘つきだ。
「アンタにはもっとやるべき事が、山ほどあると思うけどね・・」
「キスだろ?」
そう言って唇を寄せてくる恋人に、オレも「濃い方でネ」と返した。
「そういや、結婚式は・・?」
朝食を食べに、ホテルの廊下をワタヌキと二人並んで歩く。
「夕方、披露宴行く。そんで夜お前とエッチしたら5時の飛行機で戻る」
オレは思わず回りを見回してからワタヌキのケツを蹴ってやる。
「誰もいねえって・・」
ワタヌキが自分のケツを撫でながら苦笑いする。
「日本のマスコミ舐めんな。どこで聞いてるか・・っていうかリークされるか・・」
「物騒だな」
「そうだよ」
「じゃあ、来いよアッチ」
ワタヌキが、まるで帰りにうち寄るかってノリで、笑顔で海外移籍を進めてくる。
オレは真っすぐワタヌキの顔を見つめて、開きかけた口を閉じた。
行けるか!なんて自分で否定なんかしたくない。
冗談だって言葉にしたくなかった。
だから。
「行く。アッチで、待ってて。絶対行くから」
オレの返事に、ワタヌキは眩しそうに笑って、『がんばれ』ってオレの頭を自分の方へ抱き寄せた。
いつまでも、こうやって追っかけてくから。
オレの手を引っ張ってってよ、センパイ。
ずっとずっとオレの前を歩いててよ。
そのカッコイイ背中、オレの自慢だから。




そして、その日の練習で。

オレが点を決めると、ワタヌキがいちいち抱きついて喜ぶせいで、『いつもクールだったワタヌキは海外へ行って変わった』と、噂されるようになっていた。
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