未来ノート

□突然帰って来た男
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「秋田さんも、お茶どうです?」
「そうだな・・。俺が成田まで送ってくつもりだったから、いいか?邪魔しても」
「勿論ですよ」
そう笑う森谷は知らない。
笑顔で迎えてくれる向こうで、綿貫が俺を睨みつけている事を。
「ったく、なんだったんだ・・?さっきまでの爆睡は・・。お前変な病気なんじゃねえのか?」
森谷の部屋に入った俺達は6畳程のリビングのソファーに座りテレビを点けた。
「いや、すっげえ眠い。さっきはパッと起きれたけど・・また眠くなってきた。やっぱ飲み過ぎたんだな」
借り物のスーツの上着を脱ぎ捨て、Yシャツの袖のボタンを外しながら綿貫の瞼が再び重そうに下がって来る。
「・・お前の中の刷り込みスゴ過ぎるぞソレ・・。森谷にどんだけ反応するように出来てんだよ。思春期かお前は」
「知らねえ・・。体が覚えてんだろ・・。あー眠い・・眠くなてくる・・3時・・3時な」
ソファーに凭れ、仰け反った姿勢で額に腕を乗せたまま綿貫が寝息を掻き始めた。
「速攻」
有り得ない綿貫の様子に笑っていると、森谷が奥のキッチンから湯気の立つお茶を持って来てくれる。
「あ。また寝てる・・。タツト、これ脱いでから寝て下さいヨ」
森谷が綿貫の前に中腰になって、こいつが着ているダークグレーのベストのボタンを外し始めた。
と、薄目を開けた綿貫がまた俺の目の前で森谷を襲い出す。
「んーーー!!」
なんとか顔を離そうと腕を突っ張り抵抗する森谷。
「やばいな。お前、ここでヤられそうだな」
俺の台詞に焦った森谷が綿貫の頭をグーで殴った。
「イッテ・・」
思わず脳天を押える猛獣から離れた森谷は息を荒くして、対面側、俺の隣へと座った。
「殴るか・・?普通・・恋人だぞ?」
愚痴る綿貫に森谷が声を上げる。
「親友の前でヤろうとする恋人なんていねえよ!」
「あー?別に秋田が見なけりゃいいんだろ?見ないだろコイツは・・。泉沢先輩にしか興味ねえんだから」
「ふざけんな・・っ俺が気になるわ!つか、寝るな!めんどくせえ」
完全にキレてる森谷の肩を撫でて俺が宥めてやる。
「まあまあ、あと4時間でコイツ帰るんだから、仲良く仲良く。な?ほら俺見ないし」
俺はその辺に置いてあった雑誌を捲り始める。
「ほら、見ない見ない」
「んな訳ねえだろ!?」
森谷が赤い顔で非難するが、俺は雑誌を持ち上げて視線を断つ。
「ナギ」
綿貫がソファーに座ったまま指で森谷を呼び寄せる。
「ふざけんな!」
「しょうがねえな・・ベッド」
もう歩く気力も無いのか大男が両手を引っ張ってくれと森谷に腕を伸ばす。
それで、・・仕方が無さそうに。
ここでヤられるより隣の寝室の方がマシだと。
森谷が綿貫の腕を引き上げた。
つもりだった。
あっという間。
綿貫は立ったままの森谷の腰を引き寄せて、スウェットパンツをサッと擦り下げると、森谷のチンポを口に咥えた。
「おー速攻」
思わず出た感嘆の声に、森谷が反応する。
「やっぱ秋田さん見てんじゃん!!タツト!!このヤロ・・ッ!マジでぶん殴る!!」
そう片手を振り上げた森谷に、俺は忠告してやる。
「お前、自分を咥えられてるって事忘れんなよ。殴った拍子に綿貫に噛み千切られるぞー」
手を振り上げたまま固まる森谷が、暫しその格好のままで震えていた。
が、やっとで拳を下すと・・俺を振り返った。
しかも涙目で。
「秋田さ・・っマジで隣の部屋行ってくれません・・!?もう、コイツ俺止めらんない、かもっ」
既にパーカーの裾の中では、綿貫の指が蠢いているのか、森谷の理性も途切れ途切れになる。
「あー・・見ない見ない。見てないから気にすんなー」
格好だけは取り繕い、俺は再び雑誌に目を落とす。
「嘘つきっ・・あっタツト・・殺す!お前殺してやるっ・・マジでヤメないと・・コロす・・!」
そうこう言ってる間に、親友は座位のまま手際良くあっという間に森谷と結合を果たす。
目の前で繰り広げられる交合に、目を細めて見ていると、さすがに綿貫が気づいた。
「ナギで勃たせんなよ・・?」
「大丈夫だ。まだ半分だ」
それから、自分が脱いだ上着を森谷の頭の上に被せた。
森谷自身、唇を噛んで声を殺しているから腰を打ちつける音だけが部屋の中に響いている。
その上、顔も見えないし、大事な所はパーカーの裾の中に隠れていて、何も見えない。
これじゃあ、公園のベンチでもぞもぞ怪しく動いてるカップルとなんら変わらない。
実際・・こんな事は高校時代は日常茶飯事で。
『ラスタ』での毎日がこうだった・・と言っても過言では無かった。
あの頃は刺激的だった。
何を見ても面白可笑しくて、ラスタに行かない日は無い。
だが、それと同時に醒めていく。
刺激に慣れて、感覚が鈍り、行き着いた先はただ一人きりのベッドだった。
何も欲しい物も無くなり、飢えた感覚は逆行していく。
痛みも悲しみも楽しみも喜びも、簡単には得難い感情になる。
一瞬の快楽。
そんな頼り無いものを手探りで掻き集め、ザラついた舌触りだけがやけにリアルに感じてた。
それは赤ん坊や動物が舌の感覚に優れているのと同じ様な、野生的な感受性。
そんな荒廃した世界に、ポツンと振り落ちた雨の雫のようなケイタの存在。
新しいオモチャを手に入れた俺は夢中になって、それを掴んだ。
コワレル程に。

「秋田さん」
呼ばれて顔を上げると、森谷が何も無かったかのように身なりを整え、俺の肩を揺すっていた。
「あ・・?いつの間に終わったのお前・・」
「は!?アンタ見てたんじゃないんスか・・?」
「見てねえよ・・」
目の前にはさっきと変わらずソファーに凭れて寝る綿貫の姿。
さっきと違うのはベストの前が開いてるって点だけ。
夢だったのか?と思える程、変わりない姿に呆然とする。
「ある意味すごい集中力デスね・・。ホントに本読んでたんだ・・。さっき携帯鳴ってましたよ。もう切れちゃったけど・・」
「あ、兄貴かな・・」
ポケットから取り出した電話の履歴から、電話を書け直す。




『なんでお前は家に居ないんだ?』
ドスの聞いた路流の声が耳元で唸る。
「え?兄貴、うち来たの?俺、今、後輩のうちに来てて・・」
舌打ちの後、路流が『森谷くんの家か』と呟いた。
「うわー、よく知ってんな。やっぱ伊達じゃねえんだな極道って・・」
感心しながら、綿貫の移送計画を聞き、俺は青褪めた。
「それって・・・誰も捕まらねえの?」
『大丈夫だ。任せとけ。もしドジっても免停だ。その時は、お前がチップ代を払ってくれ』
「そりゃ構わないけど・・。まさか運転手つけてくれるとは思わなかった」
都内から成田まではやはり遠い。
特急に乗った方が安全且つ速く着けるに決まっているが、流石に3時に走る特急は無い。
俺の車は、中古の外車で7万キロを走っていた。
高速道路を何時間も飛ばして故障が起きない保証は無い。
そういう理由から、ヤクザな仕事とは無関係に、実の兄の車を借りようと思っただけだったのだが・・。
話のスケールが大きく広がっていた事に秋田は青褪めた。
これだから、普通の感覚失くした人間ってコエー・・!

兎に角。
その夜、綿貫は無事に成田へと送り届けられ、森谷と俺に見送られながら綿貫は日本を去ったのだった。
「全く無計画な奴だよな」
「思いつきで行動するのホントやめて欲しいですよ・・」
「でも、今回俺はお前の偉大さを知った。お前はホントにすげえ。アイツの手綱を操れるのはお前だけだ」
そう言って肩を叩いた俺に、森谷は顔を俯かせて呟いた。
「いや・・単に俺に反応するだけで・・・全然操れてなかったと思いますけど・・」

確かに・・!
不憫だ・・。
世の中は不憫だな・・。

俺は早朝だという事も忘れて、森谷の不憫さに、思わず癒しを求めケイタにメールを打っていた。
『俺の事愛してる?』
数分後、返ってきた返事は。
『あと1時間したら起こして』
だった・・・。


やっぱり人生は不憫だ・・。
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