未来ノート

□突然帰って来た男
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綿貫としては、従兄弟の披露宴を2時間で終え、再びナギと03時までゆっくりと愛し合うつもりだった。
が。
いくらお忍びで帰国したとは言え、超のつく有名人になってしまった綿貫は披露宴で、親戚やらどこかの会社の重役やらに囲まれ、新郎新婦までが綿貫のテーブルへと集まり、特別撮影会が始まると完全に身動き出来なくなった。
お祝いの席という事もあり、無下に出来ず、酌をし合う内に綿貫は酒に酔い始める。
綿貫が酔う。
つまり、眠くなるという事だ。
これで何度か失敗している綿貫は、なんとか眠気を振り払い、トイレへと立つ傍ら秋田へ電話を掛けた。
『まだ発つには早くないか?』
「やべえ。迎えに来てくれ。頼む」
『・・飲んだな?』
「飲まされた。断ってたんだが・・絡まれて。すげえ眠い。秋田頼む」
『ったく。しょうがねえな。ロビーに下りてろよ。すぐ行ってやるから』
「サンキュ」
ホッと息を吐いた綿貫は、役目は十分果たしたと会場を抜け出した。
ここが日本で良かったと思えるのは、こういう時だ。
向こうで何度か飲まされて潰れた時があったが、大概はどこだかもわからないベッドの中で目を覚ますのだ。
その恐怖。
何も身に覚えは無いのに、相手がすぐ横に寝ている。
まさか!と、自分の身体を何度撫で回して、無罪を確認(自分の亀頭を指で押し潰し、精子が出ていないか確認)したことか。
勿論、後から聞けば相手(男だったり女だったり)もそう悪い人間では無く、介抱してくれてベッドまで提供してくれただけだというのだから幸運極まりない。
確かに、一番サイアクだろうパターンは、犯される事でも、財布を取られる事でもない。
殺される事だ。

参ったぜ・・。こんなに飲まされるとは・・。

足下が覚束ないのを、ゆっくり歩く事で隠し、なんとかホテルのロビーまで辿り着くと、ソファーにその体を沈める。
その座り心地の良さに、一瞬で眠りに落ち、次に目を開けると秋田の顔が目の前にあった。
「お前が、酔うと寝落ちする体質だったなんて知らなかったぜ」
腕を取られ、肩を担がれて歩き出す。
「秋田・・久しぶり」
数ヶ月ぶりの再会に、酒の影響もあって綿貫の顔が素直に綻んだ。
「俺はお前の顔、いつも見てるけどな」
「なんだそれ・・そんなに愛されてたか?」
「バーカ。街ん中見てみろよ。お前の顔がでかでかスクリーンに映るんだぜ。恥ずかしくって居たたまれねえよ」
笑う秋田に釣られて綿貫も噴き出す。
「恥ずかしいのは俺の方だ。あんな変な顔の俺をナギが毎日見てんのかと思うと・・ほんと俺日本に居なくて良かったぜ」
「負け惜しみだな。本当は日本に居たかったくせに」
「うるせえ」
「意地張っちゃって」
「自分を試しちゃ悪いか?」
「それが自分自身のためじゃねえじゃねえか」
「自分のためじゃなくちゃいけねえのかよ」
「お前の人生だろが」
「いいんだよ・・・。一緒になるんだから。アイツの人生も俺のも、一緒に・・」
はにかんで笑う綿貫を、ホテルにべた付けで停めた外国産のセダンの後部座席に無理やり押し込み、秋田はドアを閉めた。
車の前に乗り込んだ秋田が、エンジンを掛ける。
「俺さあ・・。まだ全然、見えてこねえよ・・。将来とか、10年後とか・・。なんか、何も見えねえんだよな」
ゆっくりと車がスタートし、綿貫は心地いいシートに凭れて全身の力を抜いた。
「で?」
簡素に聞き返す綿貫に、秋田は肩を竦める。
「羨ましい。純粋にな」
そう言って自嘲する秋田に、綿貫は静かに答えた。
「俺だって、人生設計なんてしてねえよ・・。ただ・・アイツに会うと・・見栄張って・・そんで、それやるために自分の首締めて・・」
自分を笑う綿貫に、秋田も「そんなもんか?」と笑う。
「それでも、お前を俺は尊敬する。だから森谷はお前をずっと見てる。ずっと追っかけてくんだろうよ」
バックミラーを覗くと、綿貫が口の端を上げて目を閉じていた。
車は三車線通りに出て森谷のマンションへとスピードを上げる。
時間は夜の10時をまわったところだった。




森谷のマンションに着いた秋田は、爆睡する190cmの大男を車から降ろそうと苦戦していた。
「この筋肉デブが・・!」
海外で鍛え上げられた綿貫の肉体は、分厚い筋肉で出来ている。
脂肪が無く、それなりに痩せて見えても、筋肉が付けば体重は増える。
単純に筋肉が重いからだ。
「秋田さん!」
マンションのエントランスからパーカーを羽織って走り寄って来る森谷に、片手を上げて振った。
「よお。コイツすげえぞ。全然起きねえんだよ。揺すっても叩いても、大爆睡してやがる」
目の前で秋田が綿貫のほっぺを抓ったり叩いたりして見せるが、本当に起きなかった。
「マジですか!?知らなかった・・こんなんなるんだこの人・・」
「お前・・今まで知らなかったのかよっ」
呆れて噴き出す秋田に、森谷が「初めて見ました」と頷いた。
「とりあえず、こいつ部屋に運ぶぞ」
「あ、はい。じゃ起こしましょう」

一瞬、聞き間違いかと、秋田は森谷の顔を見た。
こんだけ揺すって叩いても起きないって言ってんのに?

「センパイ起きて下さい」
綿貫の耳元で森谷が呼びかけた瞬間。
パッと綿貫の目が開き、その目が森谷の顔を捉えると、躊躇い無く綿貫が森谷の唇を塞いだ。
「オイ!」
思わず引き剥がしたのは、俺で。
「んだよ・・っテメエ・・」
獰猛な野獣化した親友がむっくりと立ち上がると、完全に俺を見下ろした。
「オイオイ・・」
笑わずにいられるか?これ!?
「まだ出るまでに時間あるし、上で寝れますよ?」
聡す森谷の方を綿貫が振り返った。
「寝る訳ねえだろ・・・俺が何のために帰って来たと思ってんだよ。行くぞ」
さっさとマンションへ歩いて行く綿貫を呆然と見つめ、秋田は内心『これが猛獣使いってやつか』と一人納得していた。
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