超番外編

□ユメノオトコ Return
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西遠は年に1、2回、フラリと姿を消すことがある。
大概、その日のうちに組織の情報網を駆使して足取りを掴み、決して気取られぬように西遠の警護を配備するのが新藤の仕事のひとつだ。
24時間待って、それで、西遠が自分で帰らないようなら新藤が迎えに向かう。
彼らの容姿から想像するに、我が侭王子とその騎士のようにも見えるが、二人の間にはサバサバとした空気しか無い。
どちらかと言えば、誰にも懐かない警戒心の強い子猫を迎えに行く母猫と例えた方がピンとくる気がした。

そう、確か新藤も言っていた。西遠は”イリオモテヤマネコ”だと。
あの頃は、『気まぐれが生きている』なんて、自分の上司に対して失礼な新藤の表現に唖然としたものだが、今なら深く頷ける。
何にも捉われず、縛られず、かと言って馬鹿ではない。
生まれ持った血筋なのか、彼が纏う雰囲気は一般人のそれとは明らかに違った。
静かで重い威圧感があり、だが、その雰囲気がただ怖いだけではないのは、彼が容姿端麗、且つ、眉目秀麗だからだろう。
眼差し一つで万人を魅了し、その存在感に惹き付けられない者はいない。
異性だろうが同性だろうが、そこに彼が居れば、彼の存在を無視することは不可能と言えた。


そんな西遠の家出先の一つに、ホテルグランデという都心のホテルがある。
最新の高層ホテルと違い、外観はフランスの中心部にある大きな教会に似せた重厚な建物だ。
ホテル自慢の中庭、ローズガーデンの壁に這うツタの長さが、このホテルの長い歴史を物語っている。
およそ百年程前に建てられたというホテルの部屋の中には、特別な部屋がいくつかあった。
今でこそ、その歴史的価値から宿泊客の立ち入りを断っているという部屋が、実は西遠の定宿だ。
一般の客はそのフロアに入る事も許されず、部屋には常に鍵が掛かっているという。
誰も泊れない筈の部屋に、西遠がどうやって泊れるようにしたのかは、新藤にも謎だ。
だが、紛れもなく、新藤がその部屋へ彼を迎えに行くと、西遠はその部屋の中で、バスローブ姿でゆったりと寛いでいたのだという。

明治初期の美術品のような部屋の中は、壁や柱には精緻な模様が施されていて、20畳程の部屋の中に設えられた調度品の数々はロココ調を意識した物だ。
前時代、政府の要人や企業の幹部が贔屓にしていたという特別な部屋。
靴音を消すエンジ色の絨毯の上、西遠はその部屋の窓辺に立ち、美しい中庭を見下ろしていた。


「またか」
中澤からの電話で、西遠が消えた事を知り、エレベーターの中で短く新藤は溜め息を吐いた。
「この忙しい時に・・」
電話の向こうから舌打ちが聞こえ、中澤は自分の失態に冷や汗を掻いた。
『すみません。15時に一旦部屋に戻ると言っていたので、そのままお見送りして、ついさっき夕食の迎えに、部屋に行ったのですが、何処にも姿がありません。一応ビルの中を、人を使って探しましたが、見つかりませんでした』
「だろうな」
この西遠の奇行が、中澤を側近とすることで防げるかも知れないと目論んでいた新藤は、内心落胆していた。
どんなにお気に入りの玩具を与えたとしても、結局、彼は不意に姿を消し、こうして自分の手を煩わせるのだ。
新藤は、初めの内この家出騒動は、西遠が自分の気を惹きたいがためにしていると勘違いしていた。
だが、3日も掛かって見つけ出した西遠は、部屋のドアの前に立った新藤の姿を見て、心底苦々しい顔をした。
それまで、兄弟のように半生を共にしてきた自分を信頼こそすれ、こんな風に嫌悪感を露わにされる事など無かった筈だ。
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