†アスキラ館†

□『オレンジ色の再会』
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 本当は、すぐそこの波の音さえ、聞こえてこないくらいに緊張していた。

 アスランと直接顔を合わせるのは、モルゲンレーテでの予期しなかった邂逅以来。

 あの日、胸を圧し潰しそうな程に占めていた切なさが、また去来する。

「アスラン…」

 キラは、コクピットのモニターに映し出された彼の赤いモビルスーツを見詰めながら一度呟くと、電源をオフにする。そして、コクピットのハッチを開けて外に身を乗り出した。

 潮風が、戦闘時の汗に湿った髪を揺らす。最近すっかり馴染んでしまった地球の大気を、深呼吸で吸い込み、乗降用ワイヤーに足を掛けた。

 アスランも、ほぼ同じタイミングでモビルスーツから降りてくる。

 そちらを見ると、躊躇いなく見詰めてくるアスランと目が会った。変わらない真っ直ぐで強い、碧の瞳。

 砂地を一歩、二歩と、同じ歩調で進む二人を、オーブとアークエンジェルのクルー達が、遠巻きに見守っていた。

 その中の幾人かが、ザフトの赤いパイロットスーツを着るアスランに向けて銃を構えるのが横目に見えて、キラは咄嗟に声をあげる。


「彼は敵じゃない」

 ――そう、敵じゃない。ずっと心が叫んでいた言葉。だって、誰よりも大好きだったアスラン。あの13歳の別れの日から、1日だって忘れたことはなかった想い。

 コーディネーターでは成人とされている年齢でも、ナチュラルの両親に育てられたキラの精神は、同年代のコーディネーター達に比べたら幼かった。

 気付かなかった、好きの理由。伝えられなかった、離れてから初めて自覚したアスランへの恋。

 早く再会して、伝えたかった。

 それなのに状況は許してくれなかった。事態は悪化する一方で、アスランを追って、ナチュラルの両親と共にプラントへ上がるわけには行かなくなった。

 かといって、コーディネーターであるキラを抱えて月に住み続けるわけにもいかなくて、逃げるようにオーブのコロニーに引越しても、アスランに知らせることもできなかった。


 あれから、ザフトの攻撃からコロニーの崩壊、アークエンジェルでの逃避行、その間の何度かの邂逅。そして友人の死と、それを切っ掛けにしての決別、最後の死闘。

 今まであったことを、一歩進むごとに思い出していた。

 あの時敗れたのはキラだったけれど、ほんのちょっとでも何かが違っていたら、アスランを殺していたかもしれない。

 今、キラに向かって歩いて来るアスランが、この世の何処にもいなくなっていたかもしれない。

 それは物凄く怖いことだったと、今は思う。

 あと数歩で、お互い手が届く。そんな距離で立ち止まった二人を待っていたかのように、可愛らしい声が飛来する。

「トリィ」

 顔を空に向けると、緑色の電気仕掛けの鳥は、すうっと降りてきて、定位置であるキラの肩にとまった。

 小さな存在に勇気づけられて、本来の柔らかい笑顔を浮かべたキラが最初に口を開いた。

「やあ、アスラン」

 後から考えたら、もっと気のきいた台詞はなかったのだろうかと思うのだけど、この時は、他に思いつかなかった。 


 自分から話したいって言ったくせに、らしくなく緊張していたのだろうか、顔を強ばらせていたアスランが、震える声で答えてくれた。

「キ…ラ…」

 その瞬間、堪(こら)えていたものがキラの中で爆発する。今までのわだかまりなんか、一瞬で吹っ飛んでしまった。

 ただ、アスランがそこにいて、また名前を呼んでくれる。それだけが、キラの感情を揺さぶる。

「アスラン!」
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