魔界近郊

□★家庭の事情
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 何故だか知らないが、七香だけが小さい頃から幽霊である母の存在を認識していた。それは、恐らく血縁によるもので、生きている人間の中で最も血の繋がりの深い二人は、自然と波長があったのだろう。

 美園はこのことを喜んでいたが、七香にとっては必ずしも歓迎出来るものではない。幼少期より死んだ筈の母の名を、さも彼女がいるかのように呼んでいる子どもを見て、周りの大人がどう思うか。七香自身は知らないが、一時期等は精神科に入れた方がいいのではないかという話も上がっていたらしい。

 幻聴、幻覚、記憶障害。そう思うのが普通だった。子ども心に何かよからぬ雰囲気を感じた七香が、あまり余計なことを口にしないようになったから、ことなきを得たのだった。とはいえ、七香は当時の大人達が自分を見た奇異の目が心の底では忘れられず、実はちょっとしたトラウマにもなっていたのだ。

 だが幽霊の癖にお気楽思考である美園は、そんな七香の意も解さず、暢気にこうやって話しかけてくるのだった。

「悪いけど母さん、私お皿洗いたいから母さんの相手出来ないんだけど」

 びしっと、けれど心持、やんわりと、静かにして欲しいことを母親に伝える。あまり冷たくしすぎると、親不孝だとばかりに泣き叫び始めるのだ。生者もそうだが、幽霊が泣き叫んだら、ろくなことがない。物は飛び交うし、耳障りな音はひっきりなしだし、とても手に負えない。所謂ポルターガイストだ。

 だから七香は、自分なんて放っておいてお墓まで父に会いに行けばいい、そう言った。

「……だってぇ、和孝さんてば、私の存在に気付いてもくれないんですもの。あんなに愛し合っていたのに、酷いわ、薄情者」

 因みに、和孝、というのが七香の父、つまりこの母の夫だ。美園の言い分も尤もで、可愛そうではあるが、仕方のないことだとも言える。

 例え生前どんなに愛し合っていたとしても、夫婦だったとしても、所詮は他人。血の繋りもないのだ。七香だって血の繋がりがあるからこそ母美園を認識出来る訳で、よくテレビでやっている夏休み怪奇特集特集に出てくるような、霊感があるというわけではない。

 もしも、この家系に少しでも霊感がある人の血が流れているなら、話は別だったに違いない。実際に霊感等というものがこの世に存在するのか知らないが、取り敢えずこの家族の誰にもないのは確かだ。

 そのことを七香が伝えると、美園はわっと両手で顔を隠してしまった。恐らく、悲しみの表現のつもりであろう。だが、死後の彼女とも付き合いがあり、不本意ながら彼女と最も深く関わってしまった実の娘には、これが泣き真似であることは一目瞭然であった。

「酷いわ酷いわ。七香ちゃんそんなはっきり言わなくても……いいもんママ実家に帰っちゃうから!」

 既に故人である美園に、実家と呼べる場所がある筈もないが、彼女が何を指してそう言ったのか七香には分かっていた。

「……素直に仏壇って言いなよ」

 フッと母幽霊の気配が消え、また台所は静かになった。

 ……わけでもない。煩くなるのはこれからだ。ドロン!という効果音と共に、今度は二人分の気配が増えた。

 七香の三つ子の姉、五香(いつか)と六香(ろっか)。死後一五年になる。

 無表情で大人しい方が、五香。顔色もどちらかというと白く、一番幽霊っぽいとも言える。

 六香は、何だか今時の女子高生っぽい。ピンク色のキャミソールを着て、エクステをぶら下げて、一人洒落っ気じみている。

 生きている七香の側で、幽霊になってからも共に暮らしてきた五香と六香。

 七香の成長と共に、二人も成長してきた。これは、二人の中で「自分達は三つ子だ」という意識が根深くあったからだ。

 小さい頃から幽霊な五香と六香は、自分達が七香と同じ成長を遂げるのは当たり前だと思っていた。また、七香の方も幼かったが故死≠ニいうものの存在を理解していなかった。三人にとっては普通に三つ子姉妹として生活してきたつもりなわけだ。

 が、そう思っているからこそ年頃になってくるとそれぞれ個性が芽生えてくる。

 幽霊というのは、便利だ。欲しい服やしたい格好があったら、強く願いさえすればそれが叶うのだから。
七香は、現実的に言えば一人娘なのでそれなりに自立してさっぱりとした性格になった。





(まだまだ。)
理屈っぽい。
理屈っぽい!!
幽霊はプラズマみたいなもんだよ〜説も好き。
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